

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
救急医療から慢性疾患医療、そして介護に、銀座から地方へという大きな流れで取り組んできた(湖山)
銀座7丁目にある、湖山医療福祉グループ本社にお邪魔しています。湖山泰成代表が経営する湖山医療福祉グループは全国職員1万人、ベッド数8000床、年間利用者数380万人とすごい規模です。しかし、その総本部となる本社は決して大きくありません。一般的なオフィスビルのワンフロアです。


本部が立派でも仕方がないからね。現場に裁量を与えながら、合理化しているんですよ。会社の規模が大きいと言っても、まだ介護保険事業の市場規模の1パーセント程度です。私どもは元々銀座の救急病院を運営していたのですが、一度倒産し、その再建で当時銀行員だった私が入職しました。創業者は別の方でしたが、東京銀座の真ん中で中小救急病院を真面目にやっていたけれども、時代の流れでやっていけなくなった。1983年に父親が経営者として再建を任され、私が関わるようになったわけです。
34年前ですね。銀座という一等地ではありますが、街のひとつの病院から始まっているのですね。


能力が高い先生が頑張って運営し、それでも倒産したんです。診療一筋でやってきた、経営がわからない父親がオーナー経営者になれば、また同じことになる可能性が高いと考え、私が27歳のとき、銀行を辞めて経営をやるようになりました。父は診療に専念する。私は経営する。だから再建ができた。医療の世界は金儲けのビジネスだけでは成り立たない。やはり分業が必要でした。
医師不足、医療費削減、医療訴訟などで、小さな病院は苦しいという話は聞きます。80年代以降、医療費削減政策が維持されて、診療報酬の大幅削減がされました。


父は内科医として一生懸命やっていましたが、当時は中小企業でした。たかだか77床の救急病院ですからね。多くの中小病院はオーナーと医院長が一緒で、医院長が普通の医者の3倍働き、やっと成り立つみたいなビジネスモデルです。町工場と一緒。さらに銀座という場所で救急病院をやっても、田舎でクリニックをやっても診療報酬は変わらない。これでは成り立たない。日本では、地方の医療機関なら利益が出るんですが、東京の中小病院はみんな疲弊しています。当時、中小病院はたくさん潰れましたよ。
法人沿革を読むと、1990年の老人病院「湖山病院」の開設から、怒涛の勢いで拡大されています。医療法人、社会福祉法人、営利法人と様々な母体を運営され、介護保険施行以降はもう破竹の勢いという印象です。


東京は大学病院や公的な大病院が多く、現実として中小はどんどん減っている。私どもは救急病院からリハビリテーション病院、それから地方の介護施設と開設しました。救急医療から慢性疾患医療、そして介護に、銀座から地方へという大きな流れで取り組んできました。
社会の大きなうねりの中で我々ができることをやっている(湖山)
僕は中小介護施設の取材が多いのですが、人手不足と介護報酬削減で本当に苦しそうです。湖山医療福祉グループはそんな逆風の中でも、特養老人ホームを中心に続々と新規開設されています。


経営優先というわけではなく、日本社会の少子高齢化とか、医療保険から介護保険の流れとか、社会の大きなうねりがある。その中で我々ができることをやっているんです。高度経済成長で医療単価が高くなり、医療費抑制のために介護保険制度が新しくでき、現在は医療も介護もとにかく抑制、という時代です。日本の社会の30年間の大きな流れに合わせて我々も変わってきただけで、子供が増えれば小学校が増える、豊かになれば大学も増える、という風に、超高齢社会になれば、介護が必要になる、というそれだけの話です。
多くの介護事業所は数年前から1人、2人の採用にも息を切らしているような状態です。特養老人ホームを新規開設すれば、100人単位の人材が必要。どうして、そのようなことができるのでしょうか。


うちは病院から始まったので、みんな常勤採用です。パートをたくさん使える居酒屋とかコンビニとは違う。医療や介護はそういうシンプルな労働集約型のビジネスではないから、常勤職員を新卒採用して教育し、給料を年々上げていくことを重点的にやっている。
医療費は小泉構造改革の一環で診療報酬が大幅削減になって、介護報酬は最初から元々安いものがさらに下降しています。もう一般的な中小事業所になると現状維持で精一杯で、職員の昇給は難しい状態です。


例えば銀座の宝石店だったら平均単価100万円の宝石を、だんだん価格を高くして1000万円、2000万円の宝石を売る努力をすればいい、事業規模が小さくても給料を上げることができる。小さな画廊でも高級な絵が売れるようになれば、給料上がっていく。けど、医療・介護は公定価格が決まっている。なので、常勤正規職員に給料を払うには、規模を大きくしていくしか手段がない。
それは、そうですね。成長し続けなければ、どこかでリストラして規模縮小しないとなりません。多くの介護の法人は非常勤や派遣労働者を使い、いつでも人件費を削減できるようにしています。それが介護職たちの不満になっていますが。


高度成長のときは、物価に合わせて医療単価は上昇傾向だった。今は上がらないでしょう。この20年間は、抑制からむしろ下がっています。高卒、短大卒、四年制大学卒を新卒採用し、お金をかけて3年間で介護福祉士を取得、5年でケアマネージャー取得、10年目を目安に所長にする、というキャリアアップの流れを維持し、さらに給料を上げていくためには、常に成長して事業規模が大きくなっていかないと成り立たない。拡大する理由は、本当にそれだけと言えますね。
給料を払って、人を育てる。それが損だったかというと、そうは思いません(湖山)
医療介護という「人材がすべて」の職種は、離職が少なく1人1人の経験やノウハウが蓄積されれば大きな力になります。とにかく新卒で正規採用して働きながら育成し、できるだけ長く活躍してもらうと。シンプルな答えに納得しました。


例えば病院や介護施設を増やしても建物の面積、人員配置、単価も上がらないですから、合理化のしようがないんです。よく「医療や介護は小中学校と同じ」だと言うのは、教室の面積、教員配置が決まっていて合理化できないからです。介護施設や小中学校を10つくったら、職員数は10倍必要だし、コストも10倍かかります。合理化できるのは、理事長の給料くらいですよ(笑)。
病院や特養の施設長や医院長は兼務できないですね。いくら数を増やしても合理化ができない。でも企業を大きくする経営者は、自分が儲けるためにやるのが一般的です。


実は、私、給料安いですよ。借金10倍、苦労10倍、それで給料が同じだったらやりますか?どうして弊社や私のような人がいないかというと、こんなビジネスモデルで施設を増やすことはありえないから。つまり、ここで採用した若者たちが、ちゃんと給料が上がって30歳になって結婚しても継続して、30代で特養施設長とか、デイサービス所長くらいになって。そのときは自分でスタッフを選び、内装も決めて、いい介護をすればいい、と私は思っているわけです。
湖山代表や上層部が、無欲とまでいかなくとも働く職員を最優先に動いてきたから、今があるということですか。


今があるのは、常勤で新卒採用を続けたから。人にお金をかけた、教育にお金をかけた。それが損だったかというと、そうは思いません。その時代に人件費にお金をかけなかった事業所では大事故が起きたり、崩壊したり、保険会社に買われたりする結果になっているでしょう。
本当に、そうですね。現在のような異常な人手不足の中で、ブラック批判など社会の監視が一気に高まると、その明暗が露骨に露呈しました。


それができたのは、偶然です。私がたまたま救急病院から始まっているから。病院には看護学校が付設して、高卒を採用し、看護助手として現場で働いてもらいながら准看護師の資格を取得、やがて正看護師になる。病院は診療しながら、人を育てるわけ。給料を払って、人を育てる。人材育成する。医療には、そういう文化がある。
大学病院も病院である前に、人を育てる教育機関ですね。


大学病院は文科省管轄の実習現場としての一面もある。大学病院は教育を辞めたら成り立たないです。大学病院ということで、診療する病院としても生き残っている。教育機関としての病院がなければ、とても医者を育てられない。
大学病院は教育機関であることと、診療施設であることをダブルで持つことで知名度を上げ、働く人々が循環するので勝ち残っているわけですね。


私どもは医療の文化を介護に持ち込んだ。それが成功した。介護施設でも病院並の教育、資格取得をさせる。介護福祉士は専門学校で資格取得して、しかもその人たちをパートでこき使うみたいなビジネスモデルが多かったでしょう。それでは長く継続することは、とてもできない。
多くの若者や介護職は資格ビジネスに巻き込まれ、さらに低賃金なので本当に苦しいです。


犠牲を生むビジネスモデルは続かないです。だから私どもは「専門学校に進学して、介護福祉士の資格を取ってきます」という高校生に「そんな必要ない」と伝えている。すぐにうちに来なさい、と。うちで給料をもらいながら、現場で資格を取った方がいい。申し訳ないけど、有名な専門学校を卒業するより、うちで働いて取得した方が能力的にも上がると。
今年から介護福祉士取得は少し難しくなってしまいましたが、実務経験ルートがあるなら、そのほうが得に決まっています。単純計算で年間300万円もらいながら学ぶのと、専門学校に年間100万円支払うのではなんと差額500万円。2年で1000万円になってしまいます。


先日も就活中の女子高校生が「私は高卒で就職しなければなりません。施設長になりたい。高卒でもなれますか?」って質問があった。採用担当者は「4年制大卒より、4年早く施設長になれる」と返答しました。これがうちの教育文化です。誇りに思っていますよ。
国が求める分野に進出しているから競争がなく、国策に乗っているだけとも言える(湖山)
湖山医療福祉グループは、年間500人を新卒採用していると聞きました。すごいとしか言いようがないです。


最高は600人近く。年々採用の競争が厳しく今年は400人くらい。採用したくてもできない状況はありますね。今日もここで採用説明会をしますが、とにかく、私自身が動いて求職者の目の前に立ちながら、年間200回以上説明会をしています。理想としては毎年400~500人新卒採用して、毎年500床を新しく増やしたい。今いる職員を上に上げるためには拡大しないとならないから。
成長を「1床につき1人」で換算するわけですね。毎年500人採用して、毎年500床の新しい施設ができると。それでも5パーセントの成長ですね。


1割弱の成長でしかない。よく誤解されますが、そんなものです。昔は医療系、その次は老健系、今は首都圏で特養のニーズが多い。今、たまたま特養が足りず、首都圏にニーズがあるので建てているだけなのです。うちは決して戦略的にではなく、その時代で病院が足りない、リハビリが足りない、特養が足りないなど、国が求める分野に進出する。だから競争がなく、国策に乗っているだけとも言えるんです。
成長されている理由はわかりました。そして後半は、また国策であるアジア健康構想に乗った「介護で上海に進出」するお話をお聞かせください。
