

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
介護業界が人手不足にあえぐ中、人材を集められる辻川さんは介護経営者が目指すべき一つの形(中村)
中村 僕は2008年から異業種未経験でお泊りデイサービスを始めて、2014年末に辞めました。人手不足は最初から最後まで悩みの種で。辻川さんのことを知ったのは起業してすぐ、求人費を使わないで年間数百人の応募者を集めるデイサービス経営者ってことでした。マジ?どうしてそんなことできるんだろう?って。


辻川 求人関係で注目されたのは、30歳のときですね。7年前。ホームページとブログで応募者が続々来るようになって、マスコミに取り上げられて。当時は200人ちょっとの応募があって、その後もっと増えて400人を超え、ネットだけで月30~40人の応募がありました。
中村 年間400人ってハンパない、同業者から眺めれば夢みたいな話ですよね。人手不足問題が本格的に表面化したのは去年だけど、僕がお泊りデイを始めた頃からかなり厳しい状態ではあったんですよ。顕著だったのは大都市圏。僕の事業所は東京だったので、最初から最後まで人材には本当に苦労しました。介護事業所を辞めた一番の理由は、もう自分の能力では事業所の人材不足は手に負えない、っていう判断もあったんです。


辻川 ただ、人数は来てもマッチングする人は少ないですよ。採用してもいいかなって人は、せいぜい5%くらい。それに、うちにかなりの数の応募者が来たのは2012年までで、ここ数年は急激に減っています。今は年間で120人くらいですかね。最盛期の4分の1です。人材の質も下がっているので、採用したい人は1%くらい。とても楽観的な状況ではないです。
中村 2012年は、東京で急に応募者が来なくなった時期ですね。介護が本格的に不人気職になったというか。ポエム問題って別の社会現象になっちゃっているけれど、経営者層が焦って極端にポジティブな情報を流布しだしたのも2011~2012年あたりが分岐点になっている感じがします。


辻川 デイサービスは4万事業所を超えているじゃないですか。当時は2万台でしたから、その倍ですよね。ひとつの事業所に社会福祉士、介護福祉士、社会福祉主事任用など、生活相談員要件の資格を持つ人が各事業所につき最低で1.5人~2人必要…つまり、8万人が必要になる計算です。事業所が増えすぎて分散していること、それに介護職がどんどん不人気になっていること、それと少子化による労働人口動態。3つのネガティブな要素が重なって、介護職を希望する人は事業所単位で4分の1、5分の1に減っているのが現状でしょうね。今、起こっていることは自然なことなので、しょうがないのかなって。
中村 人手不足の怖さって、現場の人員が足りないってだけじゃないですよね。目先を乗り切るために誰でも入職させることで、ケアの質が異常に低下して、それで現場が混乱するじゃないですか。離職や事故が増えて、人間関係がメチャメチャになってさらなる離職が起こる。人材を厳選したらいつまで経っても人手不足でブラック化するし、もう八方塞がりですよね。人手不足の解消は様々な問題を抱える介護業界の問題の中で解決の最優先事項で、それを乗り越えない限りはなにをやってもダメでしょう。数が減ったとはいえ、だから人を集める辻川さんは介護経営者が目指すべき一つの形であることは間違いない。


辻川 ブログやホームぺージの発信が地元である東京の土地柄にマッチしたからでしょうね。どういう文言を使えば検索されるかとか考えているし、採用した人材の育成には本当に時間と労力を使っているんですよ。うちは1人のスタッフにかける時間が膨大で、男も女も週3日くらい僕とご飯を食べに行って、今日の話し方とか、ケアの仕方についてとか、この本を読んでレポート書いてこいとか。それで入社3か月後には必ず昇給させます。人材育成は徹底しないと、事業所を任せられないですから。
中村 なるほどね。どうにもならない人を採用せざる得ない事業所と、人材を選んで育成できる事業所とで、どんどん差が出てきているみたいですね。

デイサービスは増えすぎた。今は衰退期で、淘汰されていく時代ですよ(辻川)

辻川 今、介護事業は導入期、成長期、成熟期、衰退期って製品ライフサイクルでいえば、完全に衰退期ですよ。増えすぎて淘汰される状態で、これから新しいものが構築されようとしているのかなって見ています。
中村 私が現場で介護をしたり、事業所を運営してはっきりとわかったのは、社会保障分野の規制緩和はマイナスが大きいということでした。競争が激しすぎるし、事業所も職員も疲弊するだけ。順調だったあのワタミの介護が事業譲渡するとか、他業種と比べて栄枯盛衰が行き過ぎている感じがしますよね。多くの営利法人や新自由主義推進派が言っている「規制緩和して競争すれば、いい事業所だけが残る。利用者のメリットになる。そして介護は発展する」なんて真っ赤な嘘。介護は社会保障だからこそ、安定しないとならない。法人とか人材の成長はゆっくりであるべきですよ。僕と辻川さんが話すのなら、介護がビジネスになった象徴的存在である介護フランチャイズじゃないですか。


辻川 僕は介護のフランチャイズに関しては、出てきた当初はいい取り組みと思ったんですよ。従来の古い措置時代の考えから抜け出せない人たちもいるわけじゃないですか。その人たちにビジネス感覚がない部分って少なからずあるわけで。閉鎖的な市場に対して、起業家精神を持った人たちが仕組みを作って広げるっていうのはいいことだと、最初は思ったんです。
中村 辻川さんは一時期、短い間、同年代の介護ベンチャーの人たちと仕事をしていましたよね。


辻川 半年間だけ一緒にやった時期がありますが、僕が思っていたのと大きく違いましたね。まずはクオリティを担保していないと感じることが多々ありましたし、“マニュアルだけ売って終わり”みたいな感じを受けたんです。利益優先の展開は良くないと提案したけど、ダメでしたね。最初は1カ月に10店舗、20店舗作るって、どういう経営手腕をしているのかって興味を持ったんですけど。
中村 介護保険は売上の上限が決まっているし、良いケアをする事業所が評価される仕組みじゃないですからね。ベンチャーが参入したら、より儲かる方向、粗製濫造するのは当然の流れ。震災くらいまでは拡大一辺倒のベンチャー経営者を周囲が“スゴイ、スゴイ”って持ち上げたので、高齢者のためにクオリティを担保して着実に成長する、みたいな方針をとるわけがない。フランチャイズはいろいろな問題を起こしたけど、粗製濫造のビジネス化に反対し切らない介護業界全体の責任だよね。


辻川 話を聞いていると、彼らの言っていることは壮大でした。「自分が社会のセーフティネットを構築して、社会に革命を起こす」とかね。今となっては、その前に自社のサービスを良くしていく土台が少なかったと感じます。知れば知るほど、内情や経歴に疑問や虚偽と感じられることが少なからずありましたね。
中村 少なからずっていうか虚偽まみれでしょ?それと、フランチャイズの弊害は異業種参入の経営者が増えたこと。僕も含めて、何も知らない素人が経営できるような事業じゃないですよ、介護は。

この人材不足の中、特養を50万床も増床するなんて、想像するだけで恐ろしい(中村)

辻川 本業がただ仕入れて売るだけの仕事だと、売上って幅でしか事業を見れないですからね。僕らがやっている介護の仕事は、人対人が密になること。それに対して客単価いくらみたいな考え方が中心になると、うまくいかないですよね。
中村 素人経営者を集めるフランチャイズの主戦場はデイサービス。出店させれば本部はお金になるので、後先考えずに増やしすぎて今の混乱を生んでいるんじゃないかな?


辻川 お泊りデイサービスの仕組みの問題は置いておいても、介護という仕事の意識を低下させた一因もあると感じます。例えば、夜勤。僕が介護職員をやっていたときは、夜勤担当するまで半年近くかかったこともあったものです。夜勤ってキャリアアップの一つで、そこまで行くのに敷居があったんです。日勤ができるようにならないと、夜は任せられないって。それが、多くのお泊りデイは2~3日勤務しただけで介護職の経験がない人でも夜勤を担当させてしまうという感じですよね。
中村 僕が事業所をやっていたときも、そんな感じですよ。


辻川 自分が初めて夜勤をやらせてもらったとき、同期の中で一番早く夜勤を担当できて嬉しかったのをよく覚えています。認めてもらった、みたいな気持ち。僕はプライドをもって夜勤をやっていたので、それが誰でも夜勤をやらせるっていう安易さ…。それは素人感覚だし、危険性がわかっていない。
中村 月間20~25店舗を作れば、夜勤どころか、経営者から現場職員までみんな素人ですよ。


辻川 お泊りをやるんだったら体制を整えていかないと事故が起きるのは当然でしょう。だから僕は、安易に夜勤なんてさせちゃいけないということは、自分のクライアントにも提言しています。夜勤に必要な知識は認知症高齢者の徘徊とか、昼夜逆転とかの対応の経験も必要ですからね。
中村 素人まみれはフランチャイズだけじゃない。新3本の矢で介護離職ゼロが掲げられて、この人材が枯渇している状況で50万人分の特養を作る構想があります。想像するだけで恐ろしい。結局、2025年問題を商機とみてとにかく儲けようとするベンチャーと、地に足をつけて着実に成長という辻川さんの話が合わなかったわけですね。不幸な話です。
