「介護対談」第35回(前編)石田竜生さん「自分が経験してきたことを、もっと生かせないかなって思って、介護エンターテイナーを名乗るようになった」

「介護対談」第35回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと石田竜生さんの対談石田竜生
リハビリの国家資格である作業療法士として働きながら、大阪よしもとの養成所に通い、フリーのお笑い芸人・舞台俳優としての活動を続けている。その技術と経験を活かし、日本介護エンターテインメント協会を設立。「人生のラストに”笑い”と”生きがいを”」をモットーに「介護エンターテイナー」と名乗り活動している。リハビリ体操に笑いの体操、エンタメ性いっぱいのアクティビティを取り入れ、介護現場を笑いでいっぱいにするために日本全国を飛び回っている。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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自分が経験してきたことを、もっと生かせないかなって思って、介護エンターテイナーを名乗るようになった(石田)

石田竜生さんは日本介護エンターテイメント協会代表で、作業療法士、ケアマネでもあります。「人生のラストに“笑い”と“生きがい”を!」をモットーに全国の施設で介護エンターテイナーとして活動されています。それで、まず介護エンターテイナーとは、何なのでしょう。

中村中村
石田石田

8年くらい前まで芸人をやっていた経歴があって、今もちょこちょこお笑いの大会には出場しています。NSC大阪という吉本の養成所に1年間通いお笑いの勉強をして、今もアマチュアでずっと続けています。施設のレクの時間を使って、笑いと刺激がいっぱいの体操を提供しようと。それで介護エンターテイナーという肩書きが浮かびました。

面白い介護関係者というわけでなく、専門的にやっているのですね。出身校のNSCはダウンタウンを筆頭にすごい人材を輩出しまくっています。せっかく話が出たので聞きたいのですが、学校では何を勉強するのでしょう。

中村中村
石田石田

基本的にはネタ見せです。自分たちでつくったネタを与えられた場で順番に発表して、放送作家とか先生にダメ出しされるみたいな。具体的な教えはなくて、ネタ見せを繰り返して腕を上げようって学校ですね。

NSC出身で作業療法士、ケアマネとは、本当に異色の経歴です。ぱっとイメージしがちな、「明るく面白い介護職おじさん」みたいなレベルではないってことですね。

中村中村
石田石田

ずっとお笑い芸人になりたいと思っていました。大学に通って作業療法士の資格をとってから1年間働いて、お金を貯めてNSCに入った経緯ですね。NSC卒業後、お笑い芸人では稼ぎがなかったので、今のデイケアの職場で働かせてもらって、OT(作業療法士)をしながら芸人を続けていました。

お笑いの世界は競争が激しい。上を目指すなら、二足の草鞋では厳しいでしょうね。石田さんがデイケアで働いている時間、同じ競争相手でお笑いのネタを考えている人もいるわけで。

中村中村
石田石田

そうです。ずっと中途半端な状態が続いて、本当に芸人も作業療法士も半端でした。デイケアでの仕事も稼ぐためだけ、生活のために仕方なくみたいな感じでした。だんだんと、どこかで自分が経験してきたことを、もっと生かせないかなって思って、介護エンターテイナーを名乗るようになったのです。

ミュージシャンの介護職が高齢者のために音楽をつくってもいいし(石田)

どっちつかずの中途半端な状態が続いて、最終的に今までのお笑いと作業療法士の専門性をミックスさせたわけですね。リハビリや介護とお笑いを融合できる人材は少ないというか、いないから競争は減るし、目立つので可能性は広がる。テレビに出るだけがお笑いではないですからね。

中村中村
石田石田

舞台で笑わせるだけじゃなく、高齢者の人たちに舞台を移して、笑顔とか生きがいを生みだせたらなと。それが介護エンターテイナーです。名乗りだしたのは3年前からで、最近は空いた時間を使ってレクリエーションのセミナーを開いています。

この連載でも度々話題になりますが、他にやりたいことがあったり、才能があるのにやめてしまう人が、介護職には大勢いる。生活とか時間に追われて諦めてしまうのだろうけど、石田さんは諦めずに方向転換して立ち直ったと。介護業界はまだまだ未成熟なので、考え方ひとつで突破口があったりします。

中村中村
石田石田

けっこう長い時間、悩みましたが、最終的にお笑いとOT的な2つの自分の強みを融合して生かせるんじゃないかって発想になりました。今のところうまくいっています。だから、例えばミュージシャンの介護職が高齢者のために音楽をつくってもいいし、絵画にしても映画にしても同じ。道を見つけることができたのは、本当によかった。

お笑いとOT的なミックスが、笑いとリハビリの要素を入れたお笑いレクリエーションになったと。思いついてから、どうやって表舞台に出ることができたのでしょう。

中村中村
石田石田

ある程度イケると確信したところで、自分を世間に認めてもらおうと決意して、最初は交通費だけをいただいて全国の介護施設を巡りました。介護施設で40分くらいレクリエーションの時間を使って、じいちゃんばあちゃんを笑わせながら体操するって活動を始めたんですね。結局、延べ150カ所くらいやりました。

お笑いありのレクリエーションをやってくれたら、どこの施設もありがたい。さらにリハビリになるなら、なおさら。しかもNSC出身なのでお笑いの質も担保されるわけだし、それはどこの施設も普通にお願いしますってなりますね。

中村中村
石田石田

時間を投資して自分を認めてもらう、知名度を広げるって考え方ですね。継続しているうちに介護職の方々からコツを教えて欲しいとか、そういうニーズがでてきて、それでセミナーを開催するようになった。あっという間に3年間が経ってしまって、今に至っている感じになります。

まずはレクリエーションを楽しんでもらうことが大切なんです(石田)

笑いの要素をたくさん取り入れる石田さんの体操は「エンタメ体操」と呼ばれています。具体的にはどのようなことをするのでしょう。

中村中村
石田石田

集団で体操してもらいながら、要所に笑いの要素をいれます。ちょっとしたズレで笑いをとって、高齢者は笑いながらカラダを動かす。経験を重ねることでこれはウケがいい、笑いばかりじゃなくてカラダの動きがよくなる…といったことも選別して、日々内容は磨いていますね。

高齢者は、若い人とは笑いのポイントが違いますよね。介護施設はよくテレビをつけていますが、バラエティー番組で笑っているのはあまり見たことがないです。

中村中村
石田石田

僕がよく使うのは、言い間違いや失敗を誘うような体操です。ちょっと騙すようなことを言って、「騙されちゃった!」って笑いが生まれる。若者相手に芸人を目指していたときとは、状況はまったく違います。高齢者にウケるのは、よく言われる「綾小路きみまろ」さん的な笑いとか、落語的な笑いですね。

毒舌な漫談とか落語ですか。同じレクリエーションでもふて腐れた介護職が黙々とラジオ体操するのと、笑いながらカラダを動かすのでは効果が違うのは当然ですね。

中村中村
石田石田

職員さんに「あんなに動けるのを初めて見た」とか「あんな笑っているのは珍しい」とか、それくらい刺激をたくさん入れてあげて、翌日からは僕の体操を参考に職員さんのやるレクに活かしてもらったり、「私も利用者さんにあんなふうに動いてもらいたい」ってモチベーションに変えてもらう。心が動けばカラダも動くといいますが、まずは楽しんでももらうことが大切なんです。楽しくないと人は動いてくれません。僕がおばあちゃんのカツラをつけるのもその一つです。

集団レクに笑いがなかったら、高齢者は「足が痛い」「腰が痛い」って言いながら座っているだけになったりする。リハビリ的な堅いことの一辺倒になると、さらに場はお葬式みたいになりそうだし。

中村中村
石田石田

こう変装するだけで笑ってくれるし、当然くだらないことも言います。なにかひとつでも心が動くような要素を入れると、カラダも動くので工夫してやっていますね。それと動機付け。今からする運動は日常生活動作で、どんなメリットがあるかを伝えれば人は動いてくれるので。

全国行脚されているなら、地域柄もありますよね。東北の人は冗談が通じにくかったり、冗談を言ってもなるほどって頷いているとか。関西だとウケるけど、九州だとイマイチとか。

中村中村
石田石田

当然あるので、空気をづくりします。いわゆる“つかみ”。みんなその場に集まったときは、意識はバラバラ。どうして体操しなければならないの?みたいな方もいる。足腰痛くて悩んでいる人もいれば、認知症の方もいる。その状況でいかに僕に集中してもらって、これから楽しいことをするって雰囲気にしなければなりません。集中してもらえればそれだけ体操にも効果が現れます。

そのひとつが、おばあちゃんのカツラか。芸人はつかみが大切とよく言います。お客さんを一瞬で引き付けて、注目させるわけですね。知らない高齢者ばかりの集団レクで、みんなの心をつかむのはなかなか難しいですね。

中村中村
石田石田

全国行脚の場合は、初対面の方々に短い時間で僕を受け入れてもらわないといけないので、特に工夫が必要です。僕が変装以外によくやるのは、富山県出身なので、富山県の写真をみてもらって、ここに行ったことがあるとか、行きたいなとか。空気がだんだん一体化したところで、その雰囲気のまま体操にいくみたいな感じですね。

今は高齢者に何がウケるか、笑ってもらえるか、どうやったら身体を動かしてくれるか、四六時中考えています(石田)

どこの施設でもレクリエーションには時間を割きます。ほとんどは介護職が持ち回りでやるから、基本的につらい。つまらない。最悪なケースになると、笑っているのはやっている自分だけとか。ウケないことは誰でもダメージになるから、悩んでいる職員は多いでしょうね。

中村中村
石田石田

そうかもしれません。僕のセミナーに来るのは、レクに悩んでいる現場の人たちです。教えるのは、主にコミュケーションの方法とか考え方です。日々なにげなくしていることを、意識をひとつ変えるだけで大きなものに変化したりします。笑いを生み出すってとても難しいですし、レクはウケることが全てではないので、冗談の方法を教えるのではなく、参加者それぞれの強みを活かしたレクの方法を見つけてもらうことを目指しています。

介護現場だけではないですが、例えばブスの女性とか意識を変えて森三中みたいにやればいいのに!って、たまに心の中で思うのですが、そういうことですか。

中村中村
石田石田

いや、高齢者には自虐ネタはウケないです。「そんなこと言ったらあかん、美人だよ」って突っ込みが入っちゃう。例えば簡単な下ネタでも、持っていき方一つで笑いになります。体操でカラダを触っていきましょうってやる。上から順番にマッサージして、じゃあ次おっぱいねと。「歳とると下に下がるので、ちゃんと上げてくださいね」「下がっている人、いっぱいいますよ!」とか。ドカンとウケますね。

ははは。

中村中村
石田石田

「お腹から下もいきますよ。…はい、おちんちん」とか。理由ある下ネタなら受け入れてもらえるんです。だって、いきなりおっぱいって言っても、みんな引いちゃいますよね。けど、カラダをほぐしましょう、マッサージしましょうの延長のおっぱいだから笑いになる。下ネタを熱く語っちゃいましたね(笑)。

自然な流れの中でのギャップか。さりげなくギャップのある笑いを入れていくのは向き不向きがありそう。難易度高いですね。結局、石田さんを含むお笑いのプロの人たちは、そういう笑いについて一日中考えていると。

中村中村
石田石田

芸人はみんなそうでしょう。どんな人に何をしたらウケるか。何か思いついたら小さな舞台で試して、路上で試して、確信ができたら大きな舞台でやる。僕も芸人を目指している時代はそうでしたし、今は高齢者に何がウケるか、笑ってもらえるか、どうやったら身体を動かしてくれるか、四六時中考えていますから。

さすがです。後半も「介護エンターテイナー」「笑いとリハビリ」についてお願いします

中村中村
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