「介護対談」第38回(前編)今井竜彦さん「介護の現場に大人が使って楽しい楽器がない」

「介護対談」第38回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと今井竜彦さんの対談今井竜彦
ソニフル代表。体の不自由な人でも演奏することができる楽器を製作しているエンジニアとして、特許出願済の楽器「良くなる子」を開発。3年前、介護の現場をより明るくするために、要介護者や障害を持った人でも演奏できる楽器の生産を決意。東京、埼玉の介護施設を積極的に訪問し、音楽療法士と手を組みながら介護現場のレクリエーションを盛り上げる。Voicytwitterブログで介護を楽しくする情報を積極的に発信。第2弾、第3弾の楽器の制作にも注目が集まる!
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が絶賛発売中!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

更新

介護の現場には大人が楽しめる楽器がない(今井)

今井竜彦さんはSonifull代表で、介護現場での音楽療法のさらなる充実を提案されています。会社HPには“音楽のもつ力は、世代を問わずに無限大だ!音楽で笑顔と生きがいあふれる介護現場に”と書かれています。

中村中村
今井今井

僕は音楽療法士ではなく、機械工学系のエンジニアです。以前は歯科医療機器、歯医者さんにある椅子の設計をしていました。たまたま仲間内というか友達に音楽療法士、介護福祉士、PT(理学療法士),OT(作業療法士)がいて、介護現場に大人が使って楽しい楽器がないという話になったんです。そこで高齢者や障害をお持ちの方むけの「専用楽器」を作ってみようとなりました。

そうして開発された第一弾の楽器がこの「良くなる子」ですか。現在特許出願済で、販売はまだこれからだそうですね。

中村中村
今井今井

開発を始めたのは3年前。僕一人でやっているのでなかなか進まなくて、やっと特許出願できるところまで来ました。音楽療法士や介護の現場でモニターにだして、最終的なフィードバックはこれからですね。

「良くなる子」は打楽器で、縦に振っても横に振っても音が鳴りますね。あと、どんな持ち方をしても綺麗な打音が鳴ります。逆に今までの普通の鳴子は、取っ手をちゃんと握って縦に振らないと音が鳴らない。

中村中村
今井今井

鳴子は100円ショップで売っているのですが、おもちゃの楽器でしかない。介護現場では音楽をやるにあたって、100円ショップのおもちゃの楽器を使っているのが現状で、まず音楽療法士が現場で音楽をやるにあたってちゃんとした楽器を使いたいというニーズがあった。ちゃんとした楽器を使って音楽を提供することが必要という話になって、開発に着手しました。

楽器は介護現場のレクの時間に使用しますが、高齢者に「楽器に興味を持って手にとってもらう」「ちゃんと操作をして音を出す」「音楽に合わせて演奏する」ということが必要です。デザインから音の鳴らし方まで、要介護高齢者が使うことを想定してゼロから考え直したということですね。

中村中村
今井今井

通常の鳴子は横に振っても鳴りません。これはどこに振っても鳴ります。どんな方でも使いやすい。認知症の方でも使えます。要介護の方に限定しているわけではないですが、高齢者の分野で最も求められている楽器というアプローチで、だいぶ考えてこの「良くなる子」にたどり着きました。

認知症や最期に近い方でもリズムに関する認識は残っている(今井)

個人的には音楽療法士という方と会ったことがありません。まず、音楽療法とはなにかを教えていただきたいです。

中村中村
今井今井

音楽療法士は日本音楽療法学会が認定している認定資格で、日本に2,000人ほどいます。僕はエンジニアなので音楽療法士ではないので、楽器開発者という立場で音楽療法士と一緒に音楽療法を広める活動をしています。音楽療法士がデイサービスなどの現場に赴いて、みなさんと一緒に歌を歌いましょうとか、音楽に合わせて運動しましょうとか、楽器を一緒に演奏しましょうとかですね。

一応、調べてみると。音楽療法とは音楽を聴いたり演奏したりして、音楽の生理的・心理的・社会的な効果を応用し、心身の健康の回復、向上を目的とすることになっています。リハビリの一種ですね。

中村中村
今井今井

音楽は誰もが楽しくなれる、気分が盛り上がる。また、癒しもある。高齢者向けは主にリズムに重点を置きます。認知症や最期に近い方でもリズムに関する認識は残っているので、リズムを中心とした音楽は演奏して楽しむことができる。

音楽の要素はメロディ、ハーモニー、リズムの3要素です。確かにそう言われると確かにリズムは人間の根源ですね。

中村中村
今井今井

そうです。介護現場では高齢者の状態や、個人的な好みなどを加味しながら音楽を提供して楽しんでもらう。それで、なんとなくその日に充実感があったとか。カラダを動かすリハビリ、脳活動の活性化、一緒に演奏することでコミュニケーション促進とか、そういう効果を狙ってやっています。

どこの介護施設でもレクレーションの時間に職員が仕切って、歌を歌ったり、音楽にあわせてカラダを動かしたりしています。介護職は専門家ではないので、なんとなくやっている人が多いですが、音楽療法士になると音楽の引きだしが多く、効果を考えて音楽提供する専門性があるということですね。

中村中村
今井今井

特殊なことをしているわけではなく、みんなが知る青い山脈とか東京音頭とか人気曲から始めます。多くの音楽療法士はキーボードを用意して演奏しながら、みなさん一緒に歌いましょうみたいな感じです。高齢の方なのでテンポを遅くしたり、歌いやすいようにキーを下げたり、時にはリクエストを受け付けたりとその場の高齢者に合わせて音楽を楽しみやすくしています。

まあ、自分が知っている歌があって、まわりのみんなも知っていて一緒に歌ったりするだけで、年齢に関係なく楽しいですよね。リハビリ的な効果があって、脳が活性化されるでしょうし。効果はあるでしょうね。

中村中村
今井今井

歌うだけでなく、それから楽器を使ってリズムに合わせて音を鳴らします。自分が音楽に参加するのは能動的音楽療法と言われていて、逆に音楽をゆったりとした気持ちで聴く受動的音楽療法という。受動的音楽療法は気分が落ち着いたり、癒しの効果がありますね。

元々、介護業界には”収容所”のようなイメージがあった(今井)

今井さんは3年前、介護現場に友達や仲間がいて、自らも介護業界に足を踏み入れたと聞きました。それまでは介護には、どういうイメージがありましたか。

中村中村
今井今井

高齢者向けの音楽療法、楽器制作を始めるまで、介護施設は人生の終着点というか、収容所みたいなイメージがありました。暗く閉鎖的で、こわいみたいな。そんなイメージで、ずっといました。たまたま友達に介護関係者がいて、いろんな話を聞き、自分でも現場に足を運んでいくうちに介護は生活の身のまわりをサポートするだけではなく、利用者さんの生きがいを作りだしていくことも仕事と知りました。

3年前といえばデイサービスのピークで、様々なサービスが提供されていました。後発だったのですね。でも厳しい雰囲気の介護事業所も多く、重い空気が溜まってしまいやすい。今井さんみたいな外部の人が定期的にやってきて、外部からの風を吹かせるのは高齢者だけでなく、施設全体にとっていいでしょうね。

中村中村
今井今井

それに外からの目が入るのは、高齢者の変化にも気づけます。前回は楽器演奏できなかったけど、今回はできるようになったとか。音楽的なことだけでなく、高齢者の状態のいい悪いも大雑把にはみえる。変わったのはとある曲だったから演奏できたのでは?とか、その方のバックグランドを掘り起こしながら、回数を繰り返して生きがいみたいなことを作りだしていきます。

介護現場で働く前向きな仲間がいて、自分自身が介護に参加していくうちに、収容所ではないと気づいた。でも、介護事業所が全般的に楽しいところかと言われると微妙ですね。少なくとも今井さんが関わる部分は、音楽提供して生きがいを作っていくと。

中村中村
今井今井

介護の現場は、本当は楽しいところ。同時に楽器がないという要望があって、僕が楽器を作ったら自分が思っていた収容所から変化したイメージが、もっと大きくなるのではないかと思いました。だから楽器を作るだけじゃなく、ホームページとかツイッター、ボイシーというネットのニュースアプリで、第三者の視点でもっと広く介護を知ってもらう活動もしています。

介護の現場は、実は楽しい。それが一般の人たちに伝わっていません(今井)

え、第三者の視点で介護を知ってもらう活動もしているんですか?

中村中村
今井今井

僕は音楽というアプローチをしていますけど、介護の現場ごとに色々な楽しみを作ることはできますよね。僕は音楽を選択しましたけど、ガーデニング、陶芸手芸、いろんなことがやれる。趣味と呼ばれる部分が活かせる。介護施設に入ってしまったらできない、そこに行ったらつまらないのかといえば、そうじゃないですよね。

介護は深刻な人手不足で問題まみれ。趣味のアプローチができる職員は、ほんの一部です。現状を封印して、第三者の視点で明るいポジティブな情報発信は意味ないんじゃないですか。いろんな自治体や介護関係者が魅力を発信することをして、大失敗していますよ。音楽の力で介護の変える活動をしている今井さんの当事者の視点ならわかりますが。

中村中村
今井今井

介護の現場は、実は楽しい。それが一般の人たちに伝わっていません。だから第三者の視点の情報発信で、もっと広く介護を知ってもらいたいわけです。最近のネタですと、介護技術を使ってお姫様抱っこは簡単にできるとか。そういう身近なネタを伝えながら、3Kって言われがちな業界だけど、もっとやりがいがあるし、楽しいところだよって広く伝えたい。

介護の現場が楽しいところだったら、みんなこんな不満を抱えていないですよ。今井さんや音楽療法士の活動が成功した局地的な情報ならば、すごく有益な情報ですが、介護全般になると現実味のない綺麗ごとでしかないし、やっぱり意味ないですよ。介護を変えるというのは、もう大変なことで本当に難しい。外ではなくて内部を変える必要があります。

中村中村
今井今井

でも、高齢者の方に楽しんでもらえるように、いろいろ工夫してアプローチしている人はたくさんいるじゃないですか。介護はいろんな楽しみができる場で、可能性はありますよ。

可能性はありますよね。可能性を広げるためにも、成果を残している当事者がどんどん出てこないとダメだと思うし、第三者が介護全般を盛り上げようとすると、どうしても違和感がでてきますよ。

中村中村
今井今井

僕の役割は音楽の質をあげる、音楽の回数を増やす、音楽がいいものだと認知されるってことですね。世界的に介護現場で音楽というものが、役立つということを発信していく。介護職の方、音楽療法士の方、さらに僕がいる。現場からずっと引いた立場から、こうしたらもっとよくなるんじゃないかという提案のために楽器を作っているわけです。

第三者が介護業界を良くしようとしてくれるのは、現場の人たちは嬉しいかもしれないですが、やっぱり当事者が変わることが1番重要ですね。

中村中村
今井今井

もちろん、前提として介護の現場の人たちが変わらなければいけない。ただ、「変わらないといけない。変わらないといけない。」と言い続けた結果、特に前進することなく、むしろ状況は悪化してしまった。中から変えることが難しいなら、動ける人が外からアプローチをしないと何も変わらないと思います。

なかなか変えられないなら、外から半ば強引にでも変えていくわけですか。後編では今井さんの考える音楽療法も含む介護業界全体がどうあるべきかを教えてください。

中村中村
介護対談一覧に戻る