

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
多くの人に介護が身近になってもらいたかった(下沢)
中村 下沢さんは社会福祉士、青森県八戸市の介護経営者で、スポーツジムと介護予防を合体させた“ライフジム”と呼ばれる新形態のデイサービスを運営されて話題を呼んでいます。ライフジムは健康寿命の延長、社会保障費削減など、画期的な効果が見込まれて、NHKやワールドビジネスサテライトで報道をされて注目が集まっています。


下沢 スポーツジムと介護保険事業所を合体させた“ライフジム”にたどりつくまで、けっこう長い道のりでした。最初にやりたかったことは、介護施設を地域に開放すること。まず取り組んだのが、うちのサービス付き高齢者住宅の食堂をレストラン風に改装して、一般にオープンしました。でも、いくら地域にアピールしても、お客さんは来なかった。
中村 ランチ、ディナーのメニューを作って、利用者の食堂兼レストランにしたのですか。まあ普通に考えて、介護施設の食堂に家族や友達と外食しようってならないですよね。楽しいとは思えないし。


下沢 食事をキッカケに、普通の一般の方々に介護施設に足を運んでほしかった。そのレストラン事業は失敗しましたが、諦めないでどうすれば高齢者施設に一般の方々が足を運んでくれるか考えたんです。ヨガ教室をやったり、ダンス教室だったり、たくさんプランを実行した。若干のお客さんは来てくれるけど、なかなか継続できないし、うまくいかない。
中村 何度も失敗とチャレンジを繰り返すとはすごい情熱ですね。でも地域の方から遠い存在でも介護施設は運営できます。どうして地域の方々に介護施設に来てもらわなければならないのでしょう。


下沢 多くの人に介護が身近になってもらいたかった。それが大きな目的。20代で介護を始めた頃から介護は遠い存在って問題意識があって、多くの人は親とか家族が要介護になって初めて知る。介護が日常になれば、もっと施設が活性化するのではと思っていました。それと慰問とかそういう言葉に違和感があって、もっと普通の存在になりたかったわけです。
中村 慰問といえば、小学生がハーモニカ吹くとか歌を歌うとか。まあ、孤独で可哀想な人たちを癒してあげたいみたいなイメージはありますよね。隔離された人たちに会いに行くみたいな。


下沢 何度も失敗を繰り返して、“介護施設を地域に一般開放したい”という自分の根本的な考えが失敗の原因と気づいた。それでデイサービス機能があるスポーツクラブを思いついたわけです。スポーツクラブなので一般の方が中心で、その中に要介護者も要支援の人もいる。あくまでも一般会員が集うスポーツクラブにデイサービス機能がある、というプランに至りました。
筋力が低下している高齢者はマシンを使ってトレーニングしたほうがいい(下沢)
中村 あくまでも一般会員が利用するスポーツクラブで、その中でデイサービスを運営すると。なるほど。それならば人は集まって、なぜか介護施設があって、だんだんとその存在は身近になる。会員でデイサービスが付設していることを知らない人もたくさんいるわけですね。


下沢 そうです。スポーツクラブの中にデイサービスゾーンがあって、クラブに通ううちにだんだんと認知されるみたいな感じです。もう一つスポーツクラブ運営に至った理由として、介護保険事業のデイサービスで価格に見合ったサービスを提供できているのか?と悩んだことがあります。
中村 価格に見合ったサービスとは、どういうことでしょうか。介護保険事業のデイサービスは1日8,000円~10,000円程度の料金で、1割~2割が利用者の自己負担。多くの利用者は1日1000円前後の料金を支払っています。


下沢 今やっているサービスが介護保険ではなく、仮に10割負担になったとき、お客さんは来てくれるのか?という疑問です。まあ、誰も来ないでしょう。それでいいのか、という問題意識もずっとありました。デイサービスをやりながら10割負担でも来てくれることって何?という自分に対する問いはずっとあったのですね。
中村 スポーツクラブは数百人の会員を集めて、月1万円前後の利用料を払ってもらって運営する。介護保険には一切依存しないビジネスモデルです。仮にデイサービスが10割負担になっても、ジムの運営は一般会員が支えているので、大幅に単価を下げて10割負担をしてもらっても成り立ちますね。正解ですね。


下沢 スポーツクラブの魅力で一般の人に来てもらって、デイサービスで高齢者の自立支援もする。本当に楽しいものならば若い人もくるし、高齢者も楽しめる場所になる。さらに料金も安くできる。会員が集まれば設備もいいものにできる。スポーツクラブにデイサービスをつけることで、長年試行錯誤して悩んでいたことがすべてクリアになりました。
中村 要支援などの軽度高齢者はスポーツクラブで、なにをするのでしょう。どのようなサービスを提供すると自立支援になるのでしょうか。


下沢 ライフジムでは要支援、要介護1の主に老化で筋力が低下した高齢者を対象にしています。リハビリを経験してわかったのですが、筋力が低下している高齢者はマシンを使ってトレーニングしたほうがいい。筋力を維持、アップすれば、間違いなく健康寿命は延びます。健康寿命を延ばすことは社会保障着削減にも繋がるので、これからの混合介護のあるべき形の一つでしょう。
スポーツジムとデイサービスで人を行き来させれば、高齢者にも会員にもメリットが増える(下沢)
中村 素晴らしいですね。社会保障費の削減が目的で地域包括ケアや総合事業が議論されている中で、軽度高齢者にターゲットを絞った完璧な具体性に溢れたプランじゃないですか。具体的なプランを生みだす下沢さんという社会資源を生んだ地元は、さぞ喜んでいるでしょう。


下沢 いや、それがですね。実はそうでもなくて…。
中村 総合事業で要支援事業が市区町村に移って、それぞれ地域で工夫をして軽度高齢者を支えようって時期です。下沢さんのライフジムのプランは行政から地域住民、利用者まで全員が得をするプランじゃないですか。その証拠として大手マスコミにも注目されている。


下沢 同じ施設内にあるスポーツジムとデイサービスで人の行き来をさせたいわけです。そうすれば合理的になるだけでなく、高齢者にも会員の地域住民にもメリットが増える。でもダメ。カドが立つので具体的には言えないですが、行政にもそれぞれの立場があり、簡単には実現できないようです。
中村 えーー、まじですか。お金を出してくれという要求ではなく、現状より安くするという提案で。さらに健康寿命も延びる、地域住民にもメリットがある、すべてがクリアしているのに行政が話を聞かないと。3年前ならともかく、総合事業をやらなければならない時期にすごいですね。


下沢 来年4月から介護予防事業が市町村になる。予防だけでもライフジムでやらせてくれと。人の行き来が可能になると、理学療法士や柔道整復師や看護師などの専門職も一般会員にアドバイスできる。そうなったら人件費の節約だけではなく、地域のメリットもとてつもなく大きいと話しているのですが全然ダメです。
中村 そうなると同じスポーツジム内で、デイサービスを完全に分断させられているわけですね。無駄が多い非効率であるだけでなく、お金もかかる、高齢者は隔離される、専門職は地域住民に貢献できないとデメリットまみれじゃないですか。バカバカしいですね。


下沢 デイサービスを地域に開放するってことが今のところ許されないので、誰がみても効率悪い、なにも良いことがない現状がある。介護保険が始まったとき、一般の人が利用するというのはおそらく発想にない。今になって起こった矛盾ですね。
中村 行政は融通がきかないというのは今に始まったことじゃないけど、地域包括ケア・総合事業の最も重要な時期の現在、もうそんなレベルでは将来は知れていますね。終わっている。誰もが得をする案に耳を傾けないというのは、一般社会だったらありえない。


下沢 立場的に行政のことはあまり言えないのですが、総合事業の現在の単価より2割削減できるとお伝えしました…。
病院が本店、ライフジムはその駐在所、みたいなイメージ(下沢)
中村 まあ、仕組みを変えるような面倒くさいことに関わりたくないみたいな、行政担当者の個人的理由かもしれないですね。いやぁ、ひどい。介護事業者や介護関係者が必死になっている中で、地域の人間が費用と時間を費やした妙案を一蹴するとはね。


下沢 まあ、僕も行政のことは一緒に地域を作っていく仲間と思っていたのでビックリしました。おっしゃる通り、個人的に仕事を増やしたくないみたいな理由なのかもしれません。今のところ予想外のことばかりで、少なく見積もっても5000万円は削減できると提案したのですが…。
中村 トレーニングによって健康寿命を延ばし、社会保障費を削減できるということは聞きました。行政がライフジムに協力することで、他にも具体的な削減案はあるのでしょうか。


下沢 人と設備を共有できれば、スポーツクラブの一般会員がデイサービスを支えるということです。うちは月4800円の会費で運営していて、東京や大阪の半額以下です。例えば要支援2の人がくると3万3000円の介護報酬になる。一般会員が6人、7人入会したのと同じ。そうすると、もっと価格を下げることができます。
中村 一般会員との違いは送迎くらいですね。現状から2割削減は簡単に想像がつきますね。やっぱり素晴らしいですよ。


下沢 それと医療専門職というのは実は病院にしかいない。ほとんどの人は悪化してから病院に行く。病院に行くまで悪化したら医者がいるので看護師の価値はあまりない。医者以外の医療専門職がスポーツジムのような地域の場にいると、医療専門職に相談できます。
中村 そうですね。しかし、人の行き来を禁止されたらそれができない。目の前にいる社会資源を自らで封印している。不利益しかないバカな話です。


下沢 だからライフジムは病院が本店、その駐在所みたいなイメージがあります。ちょっと行政が規制緩和するだけで、それは簡単に実現できるのです。
中村 なんともモヤモヤの残る話でしたが、後半も引き続き総合事業のお手本とも言えそうな“ライフジム”についてお願いします。
