「介護対談」第51回(後編)齊藤貴也さん「水分を摂ると脳が覚醒し、意識がしっかりして会話が成り立つ」

「介護対談」第51回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと齊藤貴也さんの対談齊藤貴也
社会福祉法人正吉福祉会 杜の風・上原 施設長。「人間の尊厳と自己実現」を理念に掲げ、自立支援に重くを置く。この取り組みが多くの介護関係者からの注目を集め、頻繁に事業者や介護職が施設見学に訪れる。渋谷区在住の65歳以上の介護認定を受けていない高齢者を対象に高齢者健康トレーニング教室(無料)を開催したり、月に1回の「ひだまりカフェ」の開催を通じて地域社会にも大きく貢献している。多くのメディアでも取り上げられ、政府も掲げる自立支援を積極的に推進し、第一人者として積極的に発信を続ける。今後の介護業界でも更なる活躍は期待されるキーパーソン。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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水分を摂ると脳が覚醒し、意識がしっかりして会話が成り立つ(齊藤)

斉藤さんは現在全国から視察が殺到する特養「杜の風・上原」(東京都渋谷区)の施設長です。自立支援介護の取り組みが全国的に注目されています。自立支援は介護の基本理念。しかし、いったい何なのかを理解していない職員は多い印象です。そこから伺っていきたいです。

中村中村
齊藤齊藤

自立支援介護は水分摂取、運動、排泄、栄養摂取、この4つのケアです。簡単に説明すると、高齢になると筋肉量が減る。筋肉は水分を貯める役割があり、水分を貯められなくなる。そもそも脱水状態で、腸の機能も低下しているので栄養を吸収できなくなる。運動する機会も減り、移動ができなくなって排泄も満足にできなくなる。それを防ぐためにこの4つのケアを徹底してやろう、というのが自立支援介護の基本です。

「杜の風・上原」の自立支援介護は、国際医療福祉大学院・竹内孝仁氏が提唱する竹内理論と呼ばれる理論をベースにしたケアです。今まで洗濯物をたたむとか食器を洗う、自分で着替えをするみたいな、日常の中でできることは自分でやることが自立支援の印象でしたが、国が高齢者の状態をよくする自立支援の方針を取り入れたことで竹内理論が一気に注目されました。

中村中村
齊藤齊藤

自立支援は介護保険の基本理念にも書いてあるように、また法人の理念にもなっていた。うちの社会福祉法人 正吉福祉会が自立支援介護に乗りだしたのは、2006年に特養の相互利用制度という加算がついたのがきっかけ。ひとつのベッドを2人で共有して、施設と在宅で暮らすという制度で。入所中に状態を改善して自宅に帰っていただく、ということです。

状態を改善できるというのが竹内理論で、代表的なものは1日1,500mlを目安に水分摂取するというもの。あまりにシンプルな提案です。それで状態がよくなるなら、云々言わずに、すぐに実行したほうが良いですよね。「杜の風」では50種類以上の飲み物を常備しているとか。

中村中村
齊藤齊藤

水分を摂ると脳が覚醒します。意識がしっかりして会話が成り立つとか、体の動きがよくなって、立ったり歩いたりするようになる。実践していて水分の大切さを肌で感じます。しかし、水分を摂るのを嫌がる高齢者は多い。おそらくトイレが近くなるから嫌がるのですね。尿意や便意は尿道や肛門で感じるのではなく、脳で感じる。頭がはっきりすると、尿意や便意にいち早く気づけるようになる。失敗も減ります。紙おむつゼロは水分摂取によって達成できるのです。

入所したその日からオムツを外し、開設以来オムツは買っていません(齊藤)

入所したときは尿意がなくて常に失禁状態だった人が、水分をきちんと飲むことによって脳が活性、そして尿意が戻り、オムツが必要なくなるわけですね。水分不足による脳の活性はあらゆることにつながっていますよね。転倒なども水分摂取によって減りますね。

中村中村
齊藤齊藤

そうです。うちでは入所したその日からオムツを外して、特養では開設以来オムツは一切買っていません。利用者さんに聞くと、オムツをつけて生活していると元気になろうって気にならないようです。だから入所日からオムツを外す。オムツは尿失禁じゃなくて、便失禁の対策。便失禁をどう理論的になくしていくか。水分摂取によって規則的で定期的な排便を実現しています。

自分も含めて、たぶん膨大な介護職はあまり深く考えず、思いつきとか感覚で介護をしていました。しかし、自立支援介護は科学的、理論的なのですね。「水を飲め」という明確なのもわかりやすくて良い。誰でもできるし、簡単に試せる。

中村中村
齊藤齊藤

ここでは開設から施設長をしていて、その前の施設のときにオムツゼロというのは達成していたので、そのノウハウを最初から入れました。施設方針が自立支援介護だったので、介護職には理論的に仕事することを促しています。思いつきとか感覚の現在の介護では、自立支援にはつながらない。だから職員研修はかなり力をいれてやっています。

高齢者が水分を摂りたがらないのは、歩行が困難になってトイレに行けないからですよね。理論的には水分摂取をためらうことで脳の昨日が低下して失禁を繰り返し、オムツが必須になって、生きる気力を失うという負の連鎖が起こっていると。大元である水分摂取をすれば、すべてが好転するというわけですね。すごい。

中村中村
齊藤齊藤

具体的に施設では水分のケア、運動のケアを組織的に取り組んでいて、水分は皆さんが飲みたがらないって状況の中で、50種類くらいの飲み物を用意して1日で1,500mlを飲んでもらっています。特養なので車椅子、歩けない方がほとんどなのですが、85%くらいの方は歩けるようになっていまして。

歩けない状態を歩けるようにするって、ものすごい専門性が必要なイメージがありますが、どうして、そんなことができるのでしょうか。

中村中村
齊藤齊藤

まず、今までの理論が間違っているのです。歩行ができなくなるのは、これまではずっと筋力低下と言われていた。しかし、実際は歩くことをしなくなって、歩き方を忘れているだけ。それが現実です。例えばずっとピアノを弾いていた方が、弾かなくなるとできなくなる。指に筋力をつけても弾けません。また、ピアノを弾いていないとできないわけです。まったく一緒ですね。

個別対応で歩行練習をするわけですね。この建物はバリアフリー完備でとにかく広いし、器具も揃っているし、環境的には素晴らしい。水を飲んでトイレに行く、という明確な行動と目標があるので、面倒くさがる高齢者にも説明しやすい。

中村中村
齊藤齊藤

それぞれですが、2ヵ月くらい歩行練習すれば歩けるようになる人は多いですね。最近も車椅子の方が歩行練習して自宅生活に戻れた、というケースもあります。

覚醒状態が良くなり、自分のいる場所が分かれば徘徊は起こらない(齊藤)

齊藤齊藤

水分摂取に非常に効果があるのが認知症です。認知とは状況をキチンと認知できるか。それに必要な条件は脳が起きているか、起きていないか。要するに、覚醒状態になっているかです。水分や運動は覚醒状態へと誘導することができるので、状態によりますが、ここはどこで、誰っていうのはわかってくる。簡単な会話くらいまでは十分にできるようになりますね。

医学的なことは詳しくないですが、認知症はアルツハイマーや老化で脳が小さくなる。小さくなった脳が戻ることはないが、水分で活性することによって、残っている脳が正常に機能する可能性があるってことですよね。例えば徘徊したり、夕方に不穏になったりという症状は水分の摂取で十分に防げると。

中村中村
齊藤齊藤

そうです。徘徊という症状は、自分の今いる場所の認知に失敗した結果、わかる場所を探し回ること。水分や運動によって覚醒状態が良くなり、自分のいる場所がわかれば徘徊は起こりません。

僕は認知症の方が多い小規模施設での介護経験があります。暴れたり、殴られたり、泥棒扱いなど、大変でした。離設して東京駅から新幹線に乗って、静岡で発見されたなんてこともあります。職員も何人もおかしくなっていった。でも、水分摂取という簡単なことで改善できると…現役時代に聞きたかったです。

中村中村
齊藤齊藤

水分は栄養摂取にも直結します。高齢者は基本的に水分が足りないので、ほとんどの方は下剤を飲む。水分摂取して自然に便がでる状態にして、下剤をなくして腸環境をよくするケアですね。その結果、便失禁がなくなり、栄養の吸収がどんどんよくなる。もちろん介護度にも良い影響を与え、うちでは昨年63人の更新のうち30人が介護度は下がりました。一番改善したのは介護度4の方が、要支援2に。平均しても40%~50%の方は介護度が下がります。

一部、竹内理論を否定している人たちもいます。反対意見を簡単にいうと、無理矢理に水を飲ますなんてヒドイ、みたいな。人権的なことですね。高齢者になると水分摂取がツライかもしれないけど、個人的にはそんな簡単なことで状態改善の可能性があるなら、「とりあえず、飲め」と言いたいですね。

中村中村
齊藤齊藤

個人差があるので、1,000mlくらいの水分摂取でも認知症の症状や脱水症状が出ない方もいますし、1,500mlを飲んでも認知症の症状が出てしまったりとか。尿意や便意が回復しなかった方は1,800mlにしたり、2,000mlにしたりと設定を変えています。実際の現場の中で、水分を飲んでもらうとみるみるよくなる。すごく効果を感じています。

高齢者にはトイレが近くなるのが嫌、だからミズやお茶を飲みたくないっていう人が多い。それに、ツライって本当に嫌がる人もいる。高齢者って水分を飲むことがキツイのでしょうか。

中村中村
齊藤齊藤

確かにキツイんですね。自身がトイレに行けないような状況だと、ついつい水分を摂るのを我慢したり抑えようとする。自由に歩けなくなったり、誰かの手助けが必要になってくると、トイレがない場所に閉じ込められたような感じでしょう。そうなると我慢する。我慢が習慣になって、水分をなるべく飲まないという習慣がついてしまう。

先ほどの、歩くことを忘れて歩けなくなった話と同じですね。飲むことを我慢して、飲まなくても平気なる。飲む機能が低下すると、飲むことがツラくなる。

中村中村
齊藤齊藤

入所後、いきなりたくさん飲むわけにはいかないので、いろんな種類を用意して、液体が採れない人はゼリーで摂取します。少しづつ習慣をつけていただいています。

長期間歩かないと、どうやって体を動かせば良いのかわからなくなる(齊藤)

歩けない、飲めないことが習慣からくるとなると、寝たきりも同じでしょうか。理論的に適切なケアをすれば、ある程度は回復するわけですよね。

中村中村
齊藤齊藤

歩くのはすごく難しい動作で、長期間歩かなかったことによって、足が出せないとか、どうやってカラダを動かせば良いのかわからなくなるわけです。歩行練習はできるだけ安全な状態で、支えながらでもとりあえず歩く動作をする。体でまた覚えないとならないですから。

体を動かすことができない骨折や入院がキッカケになって、急激に身体機能が低下する。あっという間に要介護状態になってしまった、みたいなことは、もう本当にたくさん。

中村中村
齊藤齊藤

車椅子の生活に慣れていくうちに、動けなくなる。身体的な機能があがってくるADL(日常生活動作)の改善と、QOL(生活の質)の向上は直結しています。身体的に回復すれば、生活も向上するわけです。だからADLに特化するのではなくて、QOLを上げるという目標は条件として必要でしょうね。

自宅に帰る、遊びに行く、孫に会いに行く、何でも目標を持てば練習や訓練がはかどる。自分自身のことなのだから、高齢者の努力が必要ということですね。自分のためにも周囲のためにも、高齢者には水くらい飲んでほしいですね。自立支援介護は理論的で科学的なことだと、よくわかりました。後半も引き続きお願いします。

中村中村
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