高室高室成幸
ケアタウン総合研究所代表。介護・福祉の人材育成面で、自治体や団体等のアドバイザーとして全国で活躍。ケアマネージャーをはじめ、施設長や現場責任者、地域包括支援センターの職員などから、「わかりやすく元気が湧いてくる講師」として支持を得ている。講演の他、執筆活動も行っており、ケアマネージャーのバイブルとも言える「新・ケアマネジメントの仕事術 ―現場実践の見える化と勘所」をはじめ、「60歳からの思い出し漢字テスト もの忘れ、認知症予防に にっぽんの美しい四季と漢字」(英和MOOK)など著書も多数。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は大学生の貧困をテーマにした「女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル」(朝日新書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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介護に関わる社会福祉法人は経営的な感覚を身につけなければならない(高室)

高室高室

高室 何ヵ月か前、石田衣良さんと中村さんの対談(週刊文春2015年11月5日号)記事を読みましたよ。介護現場で働く中年男たちの分析は興味深かったなぁ。

中村 中年童貞問題ですね。介護職の大きな離職原因である人間関係のトラブルを紐解くと、僕の経験だと、かなりの確率で仕事のできない中年童貞的な男性が引き起こしている。中年童貞とは社会と女性から排除された中年男性って意味で、彼らが介護現場を荒廃させている、って話でした。

中村中村
高室高室

高室 介護職員の質の問題は、介護業界内ではすごくアンタッチャブルな部分。みんななんとなくわかっているけど、“それを言ったらおしまいだよね”って暗黙の了解がある。

中村 そうだったんですね、知りませんでした(笑)。石田衣良さんが興味を持つことが象徴しているように、中年童貞問題は単なる介護現場の話から始まった仮説だったのですが、話がどんどん大きくなっちゃいました。で、中年といえば、高室さんは現在、介護関係の研修講師として全国を飛びまわっていますよね。介護に関わったのは41歳からで、異業種出身と聞いて驚きました。

中村中村
高室高室

高室 介護にかかわったのは16年前です。日本福祉大学を卒業したのが22歳。仲間の多くは福祉現場に行きましたが、私はなぜか劇団研究生となりました(笑)。脚本家になりたかったんです。その後、結婚を機に足を洗って、出版社、PR会社に勤めて、30代は外資系金融機関に10年勤めた後に辞めました。40代も続ける自分がイメージできなかったんですね。では、なにをやるか。当時は介護保険ブームで、さまざまな業界がゴールドプランで盛りあがっていた。当時、社会福祉法人は措置制度のおかげで守られていました。一方、コムスンのように“介護を産業化!”みたいな声がやたら大きくなって、“これはまずいな”って直感したんです。

中村 2000年、新自由主義の黒船がやって来ると。今も規制緩和による混乱は続いているけど、福祉とビジネスは水と油だから、厄介なことになるのは目に見えていますね。

中村中村
高室高室

高室 民間がビジネスのノウハウで参入してきたら、措置でやってきた社会福祉法人の人たちは、なにからどうやって手をつけて良いかわからない。福祉業界は善意で人を見ることに慣れているので、利益追求型のガリバーのような正体がわからない。つまり彼らにとってはやりたい放題みたいなところがあるんです。では、どうすれば良いか。まずビジネス参入組の人たちには、「福祉の理念」をかれらにわかる言葉で伝えることが必要と思ったんです。反対に社会福祉法人には、ビジネスの人たちが身につける経済感覚や経営的なこと、ビジネスノウハウを伝える必要があると。

中村 福祉は福祉って概念だから、産業とは親和性はないですね。

中村中村
高室高室

高室 そこです。福祉とは「幸福」という概念なのです。しかし介護は行為だから産業化できる。例えば愛も概念です。愛の産業なんてありません。でも、ある人がやればブライダルになり、ある人は性風俗かもしれない。だから概念は産業化できないですよね。福祉の産業化という言い方そのものが間違っています。しかし、産業のなかに概念を入れることはできますよね。たとえば「ものづくり」が変わったり。

中村 バリアフリー商品や生活必需品のネット通販や車の自動運転機能とか音声入力とか、そういうことですね。

中村中村
高室高室

高室 産業が福祉化をめざすことで、ものつくりの可能性は広がります。そこで私は2本の柱を決めました。ひとつは“福祉の社会化”、そしてもうひとつが“産業の福祉化”のイノベーションをすることと決めたんです。

中村 確かに福祉を産業化することは絶対によくない。“福祉の産業化”によって、様々なトラブルが起こっています。川崎市の事件はその最たる例でしょう。ビジネスが合理化と利益を追求するのは当然だけど、やりすぎると凄惨な事件に発展したりする。高室さんが唱える“福祉の産業化はダメ、産業の福祉化を”は、かかわる全員が心の隅に置くべき言葉だと思います。

中村中村
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社会福祉法人の上層部はだいぶ若返った感じがします(高室)

中村 もう一つの“福祉の社会化”についてお話を聞きたいのですが。よく「介護業界の常識は、世間の非常識」なんて言葉を聞きます。

中村中村
高室高室

高室 福祉関係で働く人たちは、もっと社会化されなければならないといいますが、なぜ世間知らずと言われるのか、そこが問題です。現場の人たちは「どのようにやればいいのか」は考えるけど、「なにを、なぜ」を考えるトレーニングが足りないとは思います。さらに業務の効率化など、仕事をマネジメント的な視点で取り組む発想が薄いと感じます。ただここ5年で社会福祉法人の上層部の若返りが進んでいて、いい傾向だと思います。

中村 神奈川県の社会福祉法人の40代の理事長が「介護男子」なんて本を出して話題になっていましたね。

中村中村
高室高室

高室 1990年代から福祉業界を引っ張ってきて長老となった人たちがようやく現役から退き、40代にバトンタッチしているという印象です。問題なのは、社会福祉法人の施設長なりが県関係者の「天下り先」になっている現実です。天下って55歳から70歳くらいまでやるってケースが多かった。

中村 措置時代の高齢者介護は行政の下請けなわけだし、県とのパイプが強いほど、情報が集まってメリットがある業種ですからね。

中村中村
高室高室

高室 ただ、そういう人たちは新しいことはしない。常に「無難に、つつがなく」みたいな。民間という黒船がやってきて変わっていこうとした時に、それだとなかなか対応が難しい。社会福祉法人の理事長の息子や孫が専門学校や大学を卒業して入職し、ようやく15年程経過して若返った印象です。

中村 どんな業種でも、大きく変わるためには人材を入れ替える必要があります。やっぱり10年くらいのスパンが必要になってくる。

中村中村
高室高室

高室 やっぱり若いと全然違う。よその業界で学んで移ってきたのではなく、介護業界で働いて学んで、介護業界の大事さ、重要さを理解して、いよいよ新しいことをやろうとする30代~40代の層が生まれてきています。

介護の現場には、ちょっとズレた感覚の持ち主が多いと思う(中村)

中村 社会福祉法人の上層部にポジティブな変化があると聞いてホッとしましたが、やっぱり介護職の現場の人たちの“社会化”は、まだまだですよね。すぐ辞めちゃうし、離職理由は“人間関係”だし。

中村中村
高室高室

高室 ここ15年“給料が安い、現場がきつい、人間関係が複雑”を理由に辞める現場の声は変わりませんね。

中村 当然、全員じゃないけど、現場の人たちは、やっぱりちょっとズレていると常々思います。例えば外部からネガティブなことを言う人がいると、“現場を知らないくせに”と突っぱねたり。生産性が下がる無意味な人間関係トラブルが延々と続いたり。低賃金、割に合わないと声を上げるほどに報酬が下がったりしています。去年の介護報酬減は介護職にとって致命的だったけど、その意味をまったくわかってなかったりします。

中村中村
高室高室

高室 介護の人たちは「給与が安い、低い」って言い方をよくするじゃないですか。確かに男が家族を養っていくとなるとキツイかもしれません。でも夫婦で働けば、どうでしょうかって。みんな何を根拠に安い、低いを言っているのかなって疑問に思いますよね

中村 相対的に安いことは確かでしょう。介護職でダブルワーク、トリプルワークする人はたくさんいます。あと介護職から性風俗に流れる女性もめちゃ多い。それに、過半数が非正規だし。普通に働いて普通の生活ができない金額だから、そういう現象が起こるのかと。

中村中村
高室高室

高室 たしかにきびしい現実ですね。実は私はケアマネ1件につき3万円くらい、介護職も月30~40万円くらいはもらってもいい仕事だと思っています。「安い、低い」って言っている人たちに“じゃあ、あなたの仕事の価値を金額で表すならいくらですか?”って尋ねてもほとんど人が答えられない。

現場の人たちの「給料が安い、低い」はただの愚痴(高室)

中村 福祉の仕事は生産しているわけじゃないから、値段をつけるのは難しいかもしれませんね。

中村中村
高室高室

高室 でもね、私は研修講師で、ナカムラさんだったら原稿を書いて“これくらいの金額として評価してほしい”って基準があるでしょ。そのためには、示した報酬をもらうための価値を提供する責任はあり、そのために日々努力をするわけじゃないですか。現場の人たちの「安い、低い」はただの愚痴にしか聞こえないことが問題です。本当に収入を上げたいならば愚痴るのではなく、自分の仕事の価値をアピールする必要があります。下げられっぱなしという現状は、そのアピールが伝わっていないってことではないでしょうか。

中村 確かに、自分の仕事の価値がわからないのに「もっとお金が欲しい」って要望だけで高く払う人は誰もいませんよね。食っていけないってアピールされても、じゃあ辞めれば…で話が終わっちゃう。

中村中村
高室高室

高室 以前、知り合いのホテルマンに認知症の要介護者を24時間みて、食事は刻み食だったら一泊いくらですか?って訊いてみました。ホテルと施設は似ていますからね。そのホテルマンは悩みながら“4万円くらいかな”って答えました。だったら1か月4万円×30日が価値といえる。ホテル業界が1か月120万円のところを「介護施設は25万円でみている」と主張する。そう考えると、国としては相当に安上がりです。

中村 なるほど、そういう価値の算出方法はありですね。ホテルは立地や接客、食事に付加価値があったとしても、介護には専門的なスキルや知識がある。ちゃんとしたサービスを提供していれば、いくらなんでも4~5倍の価格差はありえないですよね。

中村中村
高室高室

高室 介護報酬を上げたい、自分の月収を上げたいのだったら、自分たちの価値を他業種と比較しながら具体的に示して、客観的に誰でもわかるようにアピールをしないといけません。「これから必要な仕事だ」「だれかが要介護の人を救わなければ」「これでは結婚もできない」「食っていけない」と情に訴えるようなことばかりでは国も相手にしてくれない。現実としてこの主張をいくら伝えても、これまで下げられっぱなしなわけです。

中村 ちゃんと社会化して他業種と肩を並べる価値を提供して、それで価値が認められる。そして認めてくれるようになれば介護職がホテル業界に転職する人もでてくるってことですね。なるほどなぁ。

中村中村
高室高室

高室 そういうことは今後あるでしょうね。なにせ宿泊者が高齢者なのですから。つまり「安い、低い」って愚痴を言っているだけでは、なにも変わらない。新しい人材も集まらない。これでは、本当に悪化するばかりですよ。

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