

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
何時に入浴するとか、時間が決まりすぎていると自立支援は難しい(加藤)
中村 加藤さんの運営する「あおいけあ」は、最も理想的な認知症介護を実践していると、介護業界から注目されています。2013年には「第一回かながわ福祉サービス大賞」を受賞されて見学者、視察が後を絶たないとか。それにしても、遮るような壁がなくて開放的ですね。


加藤 ここは元々実家で、20代続いている家なのです。僕は20代目です。前の道路は旧藤沢町田街道という古い街道で、まわりは代々続く大きな家が多いんですよ。藤沢市の閑静な住宅街です。
中村 「あおいけあ」だけでなく、街全体がいいですね。日大六会駅からここまで歩いて、そう思いました。自宅の敷地でグループホーム、小規模多機能、小規模多機能のサテライトの3施設を運営されていて、壁を払った施設内の私道を、近隣住人や子供たちが普通に通行していますね。


加藤 壁を壊したら、自然に近所の人たちが通行するようになったんですよ。最初は16年前の25歳のとき、グループホームを作りたくて起業しました。そのときは新卒で入職した特養を3年弱で辞めて、ちょうど介護保険が始まるとき。グループホームの作り方みたいな本を読んだら「自分でもできるのでは?」と思い切って会社を作りました。勢いですね(笑)。
中村 小規模多機能は2年前までデイサービスだったそうですね。


加藤 16年前グループホームの隣にデイサービスも作って、運営していましたが、小規模多機能のサテライトに変更しました。制度改正前からデイサービスは厳しいって思っていて、デイサービスには未来はないだろうと。理由は週に数時間の利用では高齢者を支え切れないし、使い勝手がよくない。介護保険事業なのに要介護状態の軽減・悪化の防止にほとんどつながらないわけです。
中村 小規模多機能ならば24時間、365日営業なので高齢者本人も家族の使い勝手は格段に広がりますね。確かに使い勝手が良い方が、介護保険の目的である自立支援にも繋がります。


加藤 短い時間でプログラム的なことをしているだけでは、自立支援は難しいのです。何時に入浴するとか、何時にレクレーションするとか時間が決まりすぎていると、とにかくやりにくい。だからただ入浴のためにデイサービスに通う、みたいなことになってしまう。小規模多機能をうまく使えば、特養に入らなくても在宅で過ごせますよ。施設はいらなくなります。
やるべきなのは支配ではなく、中核症状に働きかけること。介護職ができることは環境を作ること、それがケア(加藤)
中村 今はちょうど昼食前で、介護事業所が最も活発になる時間帯です。しかし、グループホームも小規模多機能も、非常に雰囲気がいいのがよくわかります。高齢者も職員の方々も楽しそうですね。


加藤 うちは認知症の方が多く、ここに来るまでは「問題行動がある」みたいなことを言われてきた高齢者が多いんですよ。でも、そういった方たちのほとんどがどんどん良くなっていくんです。基本的に要介護度が下がります。一般的に徘徊と呼ばれるようなことも起こりませんし、当然施錠などはしていないですよ。自由に出入りできる環境にしています。
中村 徘徊が起こらないと断言されることがすごいです。徘徊、帰宅願望は介護施設で起こることの定番で、僕自身も認知症介護をしていたとき苦労しました。その認知症介護の極意をお聞きしたいです。


加藤 徘徊と認知症を勘違いしている人はたくさんいますよね。認知症の症状として、徘徊があるわけじゃない。認知症って病気だけど、病名じゃないですよね。症状です。短期記憶障害とか実行機能障害、そういう症状が認知症なんです。その問題とはなにかというと、病気なのに他人から見えないこと。
中村 例えば風邪をひいていたら顔が赤くなったり、苦しそうになったりで他人が気づきますね。確かに認知症は脳の中で忘れてしまったことなので、見た目ではわかりません。


加藤 徘徊は環境がよくなくて、認知症高齢者が困った挙げ句、環境がよくなくて始まる周辺症状です。徘徊、妄想、暴力行為は、そういうことですね。病気で困った人を困らせる環境に置いて、困らせたままにしておくから、そうなってしまうわけですよ。だから困っている人たちが困らなければ、普通のじいちゃん、ばあちゃんです。
中村 介護をする施設側が、認知症高齢者が普通に暮らせる環境を作れていないから、周辺症状である徘徊、妄想、暴力行為が起こるってことですね。なるほどね。


加藤 今までの施設や介護職は、なにをしていたかというと。多くの場合、困った挙げ句に出た行動に働きかけている。徘徊するから鍵を閉める、大きな声を出したり、幻覚が出てきたら薬を飲ませて眠らせるとか。それはケアでしょうか?って話です。支配ですよ。僕らがやるべきなのは支配するのではなく、中核症状に働きかけること。介護職ができることは環境を作ること、それがケアですね。
自分はここであてにされている、やるべきことがあるっていうのは、非常に大事(加藤)
中村 多くのケースが自分たちの都合や配慮不足で認知症高齢者を困らせて、あの人は困る、手がかかると言っているわけですね。確かにそれでは専門職とはとても言えないです。


加藤 危ない人だから閉じ込めるって発想は、介護職じゃなくて看守ですよ。具体的になにをするかと言えば、1人1人のアイディンティティ―を認めてストレングス…つまり個々人の強みに働きかけることですね。これからは2000年以降の新しいケアをしなきゃらないのに、多くの場面で1963年の老人福祉法の頭のままで仕事をしていることがまずいわけです。半世紀前の知識と発想で仕事している介護事業所がたくさんあるから、なにも変わらないのですね。
中村 確かに、介護保険法には「要介護状態の発生をできる限り防ぐこと、そして要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぐこと、さらには軽減を目指すこと」と、介護予防について定義されています。アイディンティティ―を認めるというのは、どういう人かを知り尽くして接するわけですね。


加藤 そうです。存在意義を認めるわけです。それぞれの得意なことととか職歴、育った環境は全然違うじゃないですか。特養とかでもアセスメントはしても、まったく活かされてない場合が多い。職歴とか生活歴を一応全部調べているにも関わらず、一日中業務をやって、1時間のレクで折り紙を折っていたら、どこでケアしているの?って話じゃないですか。
中村 それだとケアじゃなくて、時間を決めて業務をしているだけってことですね。認知症介護には、個別対応が必須ということになりますね。


加藤 その人の残っている記憶を重視することが基本です。記憶って大まかに4種類にわかれます。意味記憶、エピソード記憶。それと手で覚えている手続き記憶、それとプライミング記憶です。意味記憶とエピソード記憶は認知症になると消えやすい、ほぼ消えることのない手で覚えている記憶を重視するわけです。
中村 手で覚えているできることは、やってもらうわけですね。生活する場だから女性だったら料理、洗濯とかできることはたくさんあるけど、男性の方が難しそうですね。


加藤 例えば、おじいちゃんが車屋さんだったら、タイヤ交換とか普通にやってもらいますよ。確かに男性の方が見つけるのが難しいけど、なにかしら見つかります。自分はここであてにされている、やるべきことがあるっていうのは、非常に大事です。
中村 車屋をやっていた高齢者が施設の車の整備をあてにされて、居場所があれば、確かに居心地がいいから徘徊する必要がないかも。


加藤 自分自身に置き換えて、掃除がしやすいという理由で冷たい床で、プラスチックのテーブルで、なにも物がない空間で、そこに7時間座っていられます?無理でしょう。でもサービス提供する側は、施設を利用する高齢者には、それが当たり前だと思ってみていますよね。
一日、折り紙とか塗り絵をさせられて、我慢できなくなって歩き始めるとすぐに「トイレ?」とか聞かれて、徘徊とか言われて、どっちに問題があるのって話ですよ。うちは7時間、ここにいてもいいかなって環境を作っているだけのことなんです。
多くの介護施設は一人称の感覚を持たないでケアするから、うまくいかない。三人称でケアしている(加藤)
中村 グループホームの中は、田舎のログハウスみたいになっているんですね。職員の方々、ゆったりと楽しそうに働いているなぁ。高齢者の方々は、くつろぎまくっていますね。


加藤 どの事業所でも床材は無垢の木を使って、視床情報を良くしている。視床情報というのは、脳に入ってくる情報ですね。今、パッとみたとき、視床に入ってきた光景は、どちらかというと心地がいい情報になっているはずなんですよ。
中村 そうですね。木目だったり、開放的な窓とか、いろんな物があって生活感もありますし。手すりはないし、介護施設って雰囲気ではないですね。


加藤 脳に入る情報で、視床下部からホルモンがでます。幸せなホルモンですね。最終的には中脳からでた幸せな指示が、行動になってでるわけです。冷たいイメージのある普通の施設とか病院だと、視床からの情報が不快なのでそうはなりません。
中村 パッと見た風景、光景から心地いい空間を作るわけですね。会社も一緒かもしれませんね。役所のような殺風景な空間で仕事するより、このログハウスみたいな場所の方がはかどる気がしますね。普通におばあちゃんたちが昼食の準備をしていますね。


加藤 買い物、料理、洗濯。女性はやることがあるから、居場所作りは簡単です。手続き記憶を発揮させる場所がたくさんある。多くの介護施設は一人称の感覚を持たないでケアするから、うまくいかない。三人称でケアしている。私が使うのではなく、あなたが使うって考えると、どうしても冷たい空間になる。高齢者にとって非常によくないわけです。
中村 加藤さんは時間で決めて動くことを否定されていますが、職員のスケジュールみたいなのはあるのでしょうか。


加藤 ないです。「人員配置が多いんでしょ?」みたいなことをよく言われるけど、3:1程度なので、基準通りです。職員は無資格未経験の人もたくさんいますし、特別なことはなにもありません。グループホームは家なので、入浴は夜です。逆に日中にはやめてくれって言っています。毎日、夜に入れるようにして。夜風呂に入って、カラダの末梢がまた冷えて、熱が抜けるから眠くなる。日中から入浴するのは提供する側の都合しかないわけですよ。
中村 スケジュールがなくて、介護職員たちはどうやって次にやることを判断していくのでしょう。


加藤 利用者の皆さんと決めるんですよ。どうしようかって。どこの事業所のどのスタッフをみてもらってもいいですけど、眉間に皺をよせてバタバタ仕事をしている人はいないはずです。バタバタするのは時間単位でやることが決まっているから。利用者さんにできることは全部やってもらうので、のんびりしているんですよ。
中村 いろいろ、素晴らしいですね。頭ではわかっていても、目から鱗なことがたくさんです。後編も引き続き「藤沢モデル」と絶賛されている、あおいけあの介護についてお聞きしていきたいです。
