

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
撤退を決断するのも経営上の選択肢の一つ(原田)
次回の介護報酬改定は0.5のプラス改定と発表されました。ただ、各種加算を含んでの数値なので、事業者の収入はサービスによっては実質マイナスになる可能性もある。原田さんを筆頭にさまざまなコンサルの方は、セミナーなどで現状維持の経営だとさらなる収益悪化は確実、経営者に危機感を持つように訴えています。


最新の経営実態調査で、例えば地域密着デイ(以前の小規模デイ)は収支差率が3.2%から2.0%になって、介護保険だけの収入では経営がさらに難しくなってきていますよね。前回改定で厳しい報酬減があり、ようやく現状事業以外の収益について本格的に意識するようになったところも増えてきた感覚があります。
前回改定で小規模零細が多い小規模デイは10%近い報酬減となった。収支差率2.0%まで悪化しているのか。厳しい。新事業を始めるにしても投資するお金もないだろうし、事業所運営に精一杯で時間も余裕もないですよね。多くの中小零細企業は、今年4月の改定を目前にして別事業で稼ぐのは無理じゃないですか。


たしかに、今日明日を乗り切るだけでいっぱいいっぱいの方はたくさんいらっしゃっていますよね。でもそんな中、厳しい環境だけど頑張ろう、とすでに動き出している方もいますし、もう無理、と半ば諦めている方もいる。他方、危機感を感じつつも物理的に、というより精神的に現状から抜けられない方もいる。
収支差率が2.0%なら、さらなる報酬減になれば破綻する事業者が増えるのは必至ですね。現状維持ではもうもたない。自分がやっていた介護事業所は2014年夏に撤退決断し、2015年3月の報酬改定直前に手放しました。本当に介護事業を辞めてよかったし、撤退のダメージも大したことなかった。幸運だったと思う。


中村さんのように撤退決断される方も今後、ますます増えてくるかもしれませんよね。それはそれで経営上の一つの選択肢だと思います。
事業として当たり前の意識を介護事業者が持つことが重要(原田)
介護保険事業だけでは最低限の利益を上げることも難しい。介護保険事業だけでなく、保険外の混合介護をやって経営を安定させましょうというのが国の狙いですよね。自分の事業所は、それぞれの裁量で自衛してくださいと。しかし、介護保険事業だけで精一杯で、そこですべてを出し切らないと回らないのにそんなことできるのかな、と思いますね。


まず、「国」と言っても各省によって考え方は異なる部分があるので、現時点ではオールジャパンとして“混合介護を推進すべき”という空気には未だ至っていないようにも感じます。例えば厚労省は、介護保険の考え方と親和性が薄い。例を挙げると「自立支援など関係ない。お金さえ払っていただければ、望まれることは何でもやって差し上げますよ」というような混合介護。介護保険外サービスが市場原理の大義のもとに無尽に生まれてしまったら、これまで培ってきた介護保険制度の根本が骨抜きになってしまうことを危惧しています。
介護保険と市長原理は噛み合わないですね。でも介護事業者が食べていくためには必要かもしれない。


これはこれで確かに重要な視点だと思います。ただ、それらを含めた一定の議論はもう少し必要にはなってくるでしょう。とはいえ、現行の介護保険制度の仕組みだけでは満たすことができないニーズもたくさん存在しているのも事実なわけで、そのようなニーズに基づいた混合介護・介護保険外サービスを生み出せる事業者は今後も面白い展開が描けるかもしれません。「そんなことできる事業者なんているの?」という疑問に対しては「企業能力に依る」としか言えませんが、規模を問わず、出来る会社も十分あると思いますし、実際、始まっていますよ。
制度に依存しても苦しい。どんな状況であれ、その現実からどう抜け出すか、自分たちで考えるしかないってことですね。制度に依存してきた中小零細事業者に、いったいなにができるのでしょう。


シンプルに考えれば、今の目の前のご利用者がもっとハッピーになっていただけるような工夫をまずいろいろと考えてみるべきではないでしょうか。ご利用者は介護保険を超越したところで、こんなことをしたい、あんなことをしたい、というニーズを必ずお持ちになっている。それらを日々、肌で感じているのが介護職の方々ではないでしょうか。例えば、孫の結婚式に行きたいとか、落語に行きたいとか、居酒屋に行きたいとか。そういう方々に対して自費サービスを提供できる可能性はいくらでもありますよね。
それをできるか、できないかシンプルに言えば、できる。でもそれらの保険外サービスを無償提供することが美談になっているし、介護保険はここまでしかしないって明確にする必要がありますね。無償提供の徹底した禁止、ニーズがあっても「お金を払ってください」という文化が育まれることが必要です。


私たちの頭の中は今まで、介護保険というものが事業のすべてだった。これからどう切り替えていけるか、ですね。今まではこういうことをしてあげたいけど、おっしゃる通り、無償での提供だったり、あるいはコンプライアンス的にできないという考え方で止まってしまっていた。介護保険のルールでできないなら、対価をもらって介護保険外でやれば良い。そういうシンプルな発想に切り換えていく必要がありますね。
介護保険と保険外を明確にして、お金がある人を介護保険事業で囲わないといけないですね。


「金がある人を介護保険事業で囲わないといけない」という考えの前に、まず何より一番に切り替えなければならないことは、先ほど中村さんもおっしゃっていましたが、「正当な対価を事業として当たり前に請求する」「相手に“正当”あるいは“これなら払っても良い”と感じていただけるようにしっかり説明する」という、ある意味、事業として当たり前の意識を介護事業者が持つ、ということなのではないでしょうか。
その当たり前の意識を持つことを事業者側はどのように考えているのでしょう?


そうですね。私の経験では、「原田さんはそう言うけど、ご利用者である高齢者は実態としてお金を持っていないんですよ。だから、プラスアルファのお金なんて請求できません」という声もよく聞きます。ですが、それって本当なの?と突き詰めていけば、「多分、そうだと思います」「いつも“お金がない”とおっしゃっていますし…」という曖昧な答えに変わってくる。要するに、「お金を持っていない」というのは実は、事業者側の根拠の薄い勝手な憶測に過ぎない場合が多く、本音としては、今まで1割負担分しか請求した経験がないので、頭から「そんなこと、できない」「やりたくない」って思ってしまっている場合がほとんどだと思うんですよね。でも、恐らくお金を持っている人だって、「私、持ってますよ」とは言わないでしょうし(笑)。
経営者はともかく、そういう考えの職員は多いかもしれないですね。要するに、まずはやってみるということですかね。


相手の懐事情を勝手に決めつけること自体、ある意味、失礼な話かもしれない。だから、そんなよく見えないことを勝手に悶々と考えるよりも、必要なサービス、もしくは欲しいと思えるサービスをしっかり考え、堂々と対価を請求してみれば良いのではないかと私は思うんです。
経営者と職員の気持ちの変化がないと無理ですね。


精神的にハードルがあることは百も承知ですが、事業として当たり前であるその感覚を、これからは特に取り戻す必要がありますよね。もし、ご本人が出せない場合があったとしても、家族にとってもメリットがあるのであれば、息子さんや娘さんが費用を負担することだって十分あり得ることでしょうし。もちろん、それらのやり取りの中でもし本当にお金がなく、どうしようもない、となる場合だってあるかもしれません。そうなったらそうなったで実態が見えたわけですから、そこであらためて「では、どうしようか?」と考えてみれば良いのではないでしょうか。企業努力で解決できる場合も当然あるでしょうが、個人的にはそういう場合こそ社会福祉の制度や社会福祉法人の皆様に頑張って機能していただきたいところだとは思いますが。
今の最後のところの話を受けて、ちょっと前になりますが、社会福祉法人の方々が社会福祉法人たる使命を全うしていないのに、税制優遇を受けているのはおかしな話という主張が、株式会社側からありました。僕は株式会社側に疑問符があったので傍観していましたけど、原田さんはどう見てましたか?


たしかに「税制優遇を受けつつ、その優遇されたお金を地域に直接還元することなく、内部に溜めこんでいる」という社会福祉法人に対する指摘が事実ならば、それは絶対におかしい。でも、今回の社会福祉法人制度改革の中で、そんな状態にある社会福祉法人は極めて少ない、という事実もはっきりしましたよね。他方、私は社会福祉法人批判ばかり繰り返す株式会社の経営者に、「気持ちはわからなくもないですが、一方で皆さんは、自分自身がおかしいかもしれない、ということに気がついていますか?」と申し上げてきました。
どういう意味で、「おかしい」と?


先ほどの話にもつながるのですが、そもそも株式会社という器は、「市場に価値あるサービスを提供し、社会性を担保しながら経済効果で世の中に貢献すること」が本来の機能であるはず。なのに、現状においては、介護保険事業を伴う株式会社の圧倒的大多数が、「介護保険収入」という公財源に依存したビジネスモデルに終始してしまっている。誤解を恐れずに言えば、「ほぼ公財源のみで事業を回転させている」という意味においては、まるで公務員に近いことを“株式会社”という器を使ってやっているわけですよね。これってアンバランスじゃないですか?と個人的には思うんです。
株式会社の仮面を被った公務員。面白い見方ですね。


そんなことを言うと、「介護保険という財源を回転させることで全国各地に雇用を生み、ご利用者に求められているサービスを提供している、という意味では経済的にも社会的にも一定の価値をしっかりと生んでいるじゃないか」と反論されることもありますし、たしかにその指摘も事実です。でも、それだけならば別に“株式会社”でなくても実現できるわけですよね。株式会社ならでは、というわけでは決してない。
そうですよね。


そんな中、私は「今こそ、営利法人が先頭を切って保険外サービスなどの新たなチャレンジに取り組む時期ではないですか」といつも申し上げています。過去から介護保険事業を着実に行ってきたことにより、高齢者の生活における困りごとや、場合によっては社会的にはなかなか語られづらい“本音”のようなものを介護事業者はすでに把握できていることも多い。その今までの知見を活用して、“保険は適用されないけれど、ぜひ使いたい”と思えるサービスを新たに開発すれば、高齢者を顧客とした経済が良い意味で動き出す可能性もありますし、事業者としても新たな売上を創出できる可能性もある。ある意味、今までの介護保険事業を中心に行っていた時期は、新たな時代のビジネスモデルを生み出すための“研究開発”フェーズだった、と位置づけることもできるかもしれませんよね。通常、研究開発は経営的には当初持ち出しになるのが当たり前ですが、我々の場合は“利益を生む研究開発”を行ってきたわけです。
これからの時代は間違いなく経営力が問われます(原田)
今まで行政が利用者へのサービスにウダウダ口を挟むことは、迷惑がられていました。しかし、今こそ彼らの出動のときですね。口を挟みまくって保険内はどこからどこまでかを、がんじがらめにする必要がある。保険外サービスを、本人や家族のために善意で無償提供する事業所は、もう指定取り消しでいいですよ。そうすれば、いちいち高齢者にお金を要求できる土台ができます。


中村さんらしい、斬新な考え方ですね。でも、中村さんがおっしゃる“善意の無償提供”も、今までの話からすると自然になくなっていくかもしれない、と私は思うのですがどうでしょうか。私や中村さんが介護事業を始めた頃は、定員10名の小規模デイでもすごい利益がでた。決められた通りきちんとした運営をするだけで会社に膨大な利益が残り、これで良いのかな?と、何とも言えない収まりの悪さを感じる部分は正直なところ私自身、心のどこかにありました。でも、やはり社会的に理に合わないことはどこかで終わりが来るわけで、その後だんだんと報酬は減らされて適正化が試されてきた。そうなると、“善意の無償提供”が実施できてきた経営上の余裕・土台が必然的に今後は崩れていく可能性もあるのではないでしょうか。その意味も含め、今までは介護職が頑張ってくれましたが、ある意味ここからは経営者が頑張る時代に突入した、と言えるのかもしれません。
職員だけではなく、介護保険に依存して成り立っていたので、経営者も失業者みたいなレベルの人が集まっている。そのうちの多くは今の段階での新事業は難しいし、このまま適正化されたら放り出されてしまうばかりでしょう。


今の中村さんのご意見にはまったくもって賛同できませんが(笑)、その話の絡みで言うと、先ほどの中村さんの実体験にもあった通り、今は中小介護事業者を対象としたM&Aも徐々に活発化しつつありますよね。事実、そういうご相談をいただき、私自身も対応したことが幾度もあります。売却されたい側の主な理由は、未来に対する経営的な見通しの厳しさ、というのも確かにあります。他には。事業の後継者がいない、というのも意外に多い気がしますね。いずれにせよ、できるだけ綺麗に卒業できるようなお手伝いすることを心掛けています。今後を見据えて撤退するとか、この介護業界から離れるというのは、別に悪いことでもなんでもない。あくまで、一つの経営判断ですからね。
撤退の判断と決断は重要で、1ヵ月判断が遅れただけで百万円単位のお金が飛んでいく。職員とか利用者のことも大切かもしれませんが、自分のことを考えた方が良いですね。これからは撤退する人もいて、能力ある経営者には稼いでもらって活性化させていくってことか。


これからの時代は間違いなく経営力が問われます。会社は経営者が変われば、あるいは代われば、全然変わる。組織マネジメントなどもまったく違ってきますからね。
今まで介護保険依存で楽に運営できたのに、新事業を立ち上げて成功させるのは、正直しんどいと思う人が多いはず。


少なくとも中村さんがおっしゃるようなマインドを持ち続けている経営者の方は難しいでしょうね。厳しい環境かもしれないが、何とか成長させようと頑張れるかどうか。そこまでできるかどうかです。それと、少し話は変わりますが、今の事業でカツカツなのは、介護保険がどうこう、という話だけではなく、稼働率が低いことに真の原因がある事業者も結構いらっしゃるような気がします。
デイならば60%代では無理。でも80%以上だったらやっていける、みたいな基準ですよね。60、70%で仕方ないと思っている経営者はいますよね。それは苦しいでしょう。


運営がうまくいっていない経営者は、できない理由ばかりを探します。要は現状を変える覚悟を本気で持つことができるのか、できないのか、それだけです。マインドセットと言ってしまうと抽象的だし精神論的な話にはしたくはないのですが、やっぱり気持ちを前向きにできるかは出発点としてとても大切です。
例えるなら飲食業界のようになってほしい(原田)
稼働率も営業すれば上がるという人もいれば、抜本的な改革が必要という人もいる。


低稼働なのは営業の量が問題なのか、質が問題なのか。営業ではなく、現場や介護サービスの質の問題かもしれない。まず現状を自分たちで分析して、それを改善できますかってことですよね。事業所によっては根本からやり直さなきゃならないところもあるかもしれません。
介護保険依存の介護は、原田さんは準公務員を増やしているだけ、と言っている。要するに介護保険がなかったら、存続すらできない会社が膨大にある。経営という概念がなくてもやってこれたから、次改正でさらに適正化が進行して膨大な屍が生まれてしまうと。嫌な話ですね。


そうなってほしくないので、微力ながら、全国を回らせていただいているのですけどね…。
激しく変化する介護保険に関わるなら、経営者は情報通になって、早めに手を打つことが絶対条件ですね。屍の話がでましたが、これからは零細企業が片付けられ、法人が大きくなる流れになるのでしょうか。


そういう流れはたしかに強まるかもしれません。でも、全部が全部そうなるとは言いきれないと思います。よく自然淘汰されて、大企業だけが生き残る、みたいなことを語っている方に出会いますが、本当にそう思っているのならちょっと教科書的過ぎやしませんか?と思っちゃいますけどね。マクロの視点としては正しい部分も確かにあるかも知れないけれど、介護業界の実態が「中小零細事業者の集合体」にあることを含め、その論理だけで業界の行く末を語るのはちょっと乱暴な気がしますね。
原田さんとしては介護業界はどのようになっていくと思いますか?


個人的なイメージに近いというか、そうなって欲しいな、とも思っているのは、例えば飲食業界などかもしれません。全国に広がる大企業のチェーンがあって、それに対して地域密着があって、中堅中小の事業者もいて。利益側面からすれば大企業有利になるかもしれないけれど、一方では規模や経済的成功ばかりを追わない、縮小均衡的な視点の、でも地域とは強い信頼で結ばれている“大きくはないが強い”事業者がいて…みたいな。そんな感じでしょうか。
原田さんが介護保険や混合介護などの最新情報を年間100~200回開催の経営者向けセミナーやメールマガジン「ケアビジネスSHINKA論」で伝えているそうで。これからの介護事業所運営は情報が本当に大切、是非チェックを。今日はありがとうございました。
