

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
病気に対する原因治療と、並行して緩和という流れができつつある(大津)
中村 大津先生は緩和治療医で、現在は東邦大学医療センターで緩和ケアチームを運営されています。「死ぬときに後悔すること25」(致知出版社)「死ぬときに後悔しない医療」(小学館)「余命半年」(ソフトバンク新書)などなど、たくさんの著書を書かれて緩和医療を広めています。まず緩和医療って何?ってことから伺ってよろしいでしょうか。


大津 症状の苦痛を和らげる医療です。今の日本では主にガンの患者さんを中心に提供され、最近は病気の進行にかかわらず、ガンで辛い症状があれば行います。緩和医療というと終末期の人が受けるイメージがありますが、最近はできるだけ早い段階から介入して原因治療と並行して行います。
中村 90年代以前と現在は違うということですね。ひと昔前までは病気を治す一般的な原因治療と、緩和治療は断絶していたと聞きます。緩和治療は、もう治らない本当の終末期の人が受ける医療だった。


大津 そうですね。以前は病気に対する治療をして、それがうまくいかなくなったとき、症状を和らげる医療に専念しましょうと切り替えました。医療は少しづつ進歩していますし、地域によっても差があります。まだ原因治療と緩和治療が断絶する病院や地域はあるかもしれません。今は移行期であると言えます。
中村 緩和治療とは簡単にいうと、痛み止めみたいなのを投与するってことですか。本来の治療と痛み止めが断絶していたのは、ちょっと怖いですね。


大津 抗がん剤が効かなくなって痛みがでるというのはよくあること。そのときに新しく使う抗がん剤が効いて、腫瘍が小さくなれば、痛みも和らぎます。でもその間、ずっと痛みに耐えなきゃいけなくなる。その抗がん剤が効けばいいですが、効かない可能性もある。だから、常に病気に対する原因治療と、並行して緩和という流れができつつあるということです。
中村 90年代以前は、痛みは我慢しろってことだったのですか。痛い本人がきついのは当然ですが、施す医師の精神的な負担もありそうですね。


大津 病気が良くなれば、当然痛みは緩和します。だから頑張って治療してよくなりましょう、って考え方ですね。ガンだけではなくて、医療全体がそうでした。だからよくなるまでは痛みは我慢せざるを得なかった。その間でもできるだけつらくないほうが良いと緩和治療が広まった。だんだんと、あるべき形になっています。
身体、精神、様々な方向から苦痛を和らげるのが緩和ケアの役目(大津)
中村 これから市区町村で地域包括ケアシステムも始まりますし、緩和治療は介護とも深くかかわってきます。痛み止めの投与以外、どのような治療やケアがあるのでしょうか。


大津 歴史は古くて、1960年代にイギリスの女医、シシリー・ソンダースさんが尽力し、大きな流れになった。患者さんは痛みばかりがツライわけではなく、鬱になったり、不安になったり、ストレスもかかる。精神的苦痛があるわけです。あとは経済的な問題、人間関係の問題など様々なことが起こる。社会的苦痛と言います。それと生きる意味が揺らぐことがあるんですね、スピリチュアルペインと呼ばれています。
中村 大病を患ってあと3ヵ月の命という状況になれば、誰でもいろいろ考えますよね。生きてきた意味とか。自分の人生は良かったのかとか、自分は誰かの役に立てたのだろうか、とか。ちょっとこれは、自分か家族がそうならないとわからないですね。


大津 終末期には存在にまつわるツラさが出てくると言われていて、どんな痛みや苦しみがあるのかと、様々な方向から評価をします。それぞれに対して何かできることがないのかと考えるのですね。
中村 さすがに死に対する意識は、人それぞれ。その人の環境とか人生とか性格とか、すべてを考慮しながら徹底的な個別対応をするわけですね。介護はその個別対応をしきれていない部分はありますが、本当に医療というよりケアなのですね。


大津 当然、私一人では緩和することはできない。だからチームを組むわけです。例えば気持ちの問題が強ければ、臨床心理士とか精神科医にかかわってもらったり。社会的な苦痛に関しては、ソーシャルワーカーとかケアマネージャーの方に頼むこともあります。社会資源の専門家のほうが、私より詳しいですから。スピリチュアルペインに関しては、施設によっては宗教家とか。牧師さんとか。様々な方面から苦痛を評価して、それぞれの方向から苦しみを和らげるのが緩和治療、緩和ケアのアプローチですね。
中村 多くのケアマネは地域包括ケアシステムが始まって、「やっと医師が我々と対等に会話してくれるようになった」と喜んでいます。ケアマネージャーは具体的になにをするのでしょうか。


大津 一般の人は福祉制度のことは意外と知らないものです。病院の患者さんでも高額療養制度があることを知らない人も多い。ガンの末期だと介護保険が使えるので情報を提供してあげて、家族も含めてサポートするわけです。適した社会資源を使えば、患者さん、家族の支えになりますよね。
なるべく思い残しがなく、最後まで過ごせるように支援する(大津)
中村 あと3ヵ月、半年で死ぬかもとなって、安らかに亡くなることを目指すわけですよね。それは本当に人によって、それぞれでしょうね。


大津 海外に行きたいという人もいれば。苦痛がなくて穏やかに生活できれば、それだけでいいって人もいますし。生き方とか価値観に合うものはなにかを対話を重ねることで引きだして、その人にマッチしたものを提供していくことになりますね。
中村 原因治療が効かなくて、この人は死ぬってほぼ決定したら、まず先生が通告するのですか。病気なので腰が重い人がほとんどだろうし、余命がわからないと動きようがないですよね。


大津 余命に関しては、ガンの場合は、あと何週間くらいかになるとわかりますが、あと何ヵ月という状況ではなかなかわかりません。医師である僕たちでも、正確な余命は予測できるものじゃないんです。ガンはどこかで急に悪くなる。いい時間を過ごしているうちに、やり残しがないようにいろいろ相談することが重要です。
中村 もしからしたら死ぬかも、来年はないかも、みたいな曖昧なところで動くのですね。本当に介護と同じような感じなのですね。


大津 たぶんということは言えるので「たぶん、これから何年もってことは難しいんじゃなか」と。今の医学では、その日がいつかは誰もわからない。いつまでかわからないけど、残された時間をよりよく過ごすために考えましょうと。ガンの経過は、みなさんのイメージは直線。けど実際は急に落ちる曲線です。ガンの治療が進歩するほど、ますますその曲線が激しくなっています。
中村 悪くなってから準備しても、まったく間に合わないですね。元気なうちにやるべきこと、やりたいことをやると。そう聞くと終末期というのは本当に人生において重要な時間ですが、介護の世界では人手不足とか健全でなければいけないみたいな堅い風習があって、なかなか個別対応していい時間を提供できていないかも。


大津 病気を抱える方々に共通するのは、苦しむのでは?という不安です。死を前にして、のたうち回るんじゃないかとか。そういう恐怖感は多くの方にあって、その不安には対しては治療が進歩しているから必ずそうなるわけじゃない。そうならないために緩和ケアがあると伝えます。安心した中で、なるべく思い残しがなく、最期まで過ごせるようにと支援する形になりますね。
ガンの領域を筆頭に、延命的な治療はだいぶ減ってきています(大津)
中村 僕も40代になって、たまに「死ぬときは、どうなるのだろう?」とか考えます。誰も死んだことがないので、どういう気持ちで、どう死んでいくのかわからない。死ぬときって、苦しいんですか。


大津 死ぬ最後の最後は、誰でも意識が落ちるので苦しくないです。よく薬で眠らせているの?と聞かれますが、薬を使わなくても最後は意識が落ちます。一般的には亡くなる数日前からが一番ツライ。家族が亡くなられたことがある方はわかると思いますが、身の置きどころがない感じになる。
中村 苦しくて身の置きどころがなくなって、食欲がなくなって意識が遠くなって死ぬみたいな感じですか。なんとなく想像がつきます。


大津 カラダを動かして眉間に皺を寄せたり、人によっては布団が重いとか。足が重いとか。いたたまれない感じ、身の置きどころがないように見える。原因はさまざまですが、頻度の高いものは終末期のせん妄ですね。
中村 せん妄とは意識が変容して、意識が混濁する状態ですね。介護現場にいる高齢者でもよくあることですが、亡くなる数日前の本当に終末期なので、それの強い感じでしょうね。


大津 その場面、場面でこういう処置というのは、ある程度は確立されています。治療をしながら、なるべく苦痛が少なく時間を過ごせるようにします。生きている人は誰もが経験したことがないので、なかなか難しいことではありますよね。どんな治療を施しても、すべての苦痛がとれるわけではありませんし。
中村 介護は基本的に担当医の意見に従ってケアする役割です。延命治療について伺いたいのですが、優しい人が多い介護の現場でも医師に言われた通りにケアしながら、過度な医療で状態が悪い人を眺めて「この人は生きていて意味があるのかな」みたいな話は出てきます。


大津 医師になって17年目になりますけど、働き始めた当時と比べると、延命的な治療はだいぶ減ってきています。ひと昔前までは、できる医療を限界までやってあげることが大切だという価値観が、現場に多かった。でも、そうは言っても元気で長生きできるならいいですが、元気でいられないなら意味があるのか、そもそもそれは患者自身の意思なのかという考えは、少なくとも若手の医師とか、私より下の年代の医師は常識として持ってはいますよね。
中村 介護をしていると、食べれなくなると「そろそろかな」ってイメージがあります。


大津 日本は治療の中止にはナーバスです。治療の差し控えと中止というものがあり、差し控えは最初から治療しないことで、中止は途中で辞めることです。海外ではわりとそれが対等なのですが。
中村 著書にその場面がありましたが、全身が管まみれになって、その状態で何か月か延命してもどうなのでしょうってことですよね。誰がみても生存するメリットより、デメリットのほうが大きいという状態でした。


大津 そうです。差し控えはメリットのほうがデメリットより上まわらないのでしない、ということです。日本では最初からしないのはあまり厳しくないのですが、一度治療を始めたけど、苦しそうだから止めようということに関してはさまざまな意見があります。ただ現場では明らかに延命治療は減ってきています。特にガンの領域は。一般の方が延命治療はしてほしくないと言っている以上に、現場は変わってきていますね。
中村 死は誰もわからない。緩和医療、延命治療に対する医師たちの意識の変化と安心する話が多くてよかったです。後半も引き続き、緩和医療、緩和ケアについてお願いします。
