「介護対談」第31回(前編)さん「小さくてもいいから課題を乗り越える機会を学生に与えるべき」

「介護対談」第31回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと奥平幹也さんの対談奥平幹也
1974年、沖縄県生まれ。新聞奨学生とアルバイトを掛け持ちし、自費で早稲田大学へ進学。卒業後、不動産鑑定事務所に勤める中で介護現場の厳しい現状を知る。2012年、「株式会社介護コネクション」を起業し、介護と外部サービスをつなげる事業に着手する。新聞奨学生の体験を活かす形で2015年、介護体験をしながら進学を目指せるインターンシップ型自立支援プログラム「ミライ塾」をスタートした。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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 どの業界で働くにしても介護経験は強みになる(奥平)

奥平さんはインターシップ型自立支援プログラム「ミライ塾」を運営されています。介護施設と連携して、経済的に進学が厳しい家庭の子供の就学を支援する奨学金制度が話題になっていますね。奥平さん自身が沖縄出身で大学進学の際に学費の負担が難しかったそうで、大学在学中に新聞奨学生を経験したことから、新しい奨学金制度を発想されたとか。

中村中村
奥平奥平

私の兄弟は、地元で進学した妹を除いて、兄弟3人とも新聞奨学生をして、自力で大学進学をしました。沖縄はご存じの通り経済的に厳しい家庭も多く、いまは私の時代よりも全国的に家庭の貧困化は進んでいるように感じます。当時、新聞奨学生は全国で2万人くらい。いまは新聞のペーパーレス化等の影響などもあり4500人程度のようです。

昨年、沖縄に貧困取材に行ったので、ある程度状況は理解しています。ほんの一部の特権階級以外は、親の援助のみで大学進学というのは無理でしょうね。僕は東京出身だし学生時代に実家を出ることはなかったので、当時の新聞奨学生の人たちを「きつそうだなぁ」と思って眺めていました。

中村中村
奥平奥平

募集上は4週6休で1日の勤務時間は5時間程度でしたが、実働は8時間くらいだったと思います。朝3時少し前に起きて、折り込みをして3時半に出発、6時半から7時くらいに戻る。帰って来るとシャワーを浴びてご飯を食べて、大学に行く。夕刊は15時に到着するので、3限が終わったら学校から急いで販売店に戻って夕刊配達。それ以外にも翌日のチラシの折り込みや月の2/3ぐらいは集金がありました。

大変ですね。確か寮付きで月給10万円くらい、それにプラス学費を払ってくれる制度ですよね。大変なので辞める人も多い。辞めたら立て替えてもらった分の学費の残金を一括で返済しなければならないペナルティーもある。

中村中村
奥平奥平

僕は卒業まで続けて、その他にも販売店に内緒でラーメン屋でもバイトをしていました。おかげさまで留年もしちゃいましたが(笑)。ただ、働くのは好きだったので、どうやったらもっと早く配れるかとかいろいろと効率化を図ったりしながらやっていたので楽しかったです。それに当時は、新聞の給料に加えてバイト収入もあったので、それなりに快適な生活をしていました。

いまの大学生は中年世代の時代より出席評価が厳しく、単位取得が大変になりました。学費も上がり、けれど賃金は安いので、空いた時間に真面目にアルバイトをしても5、6万円にしかならない。普通に頑張っても学生生活を送れないことが問題になっています。介護は時間的に学校と仕事が両立できる、さらに不人気職なので人手不足。確かに現在の介護と新聞配達の仕事は似ていますね。

中村中村
奥平奥平

自分自身の新聞奨学生の経験から、経済的に進学が困難な学生と介護施設とをつなげるという発想が生まれました。超高齢社会においては、どの業界で働くにしても介護経験は強みになりますし、介護の現場は、チームワークやコミュニケーション能力、創造力など社会人として必要な基礎力を身に付けることができます。それに自力で進学して最後までやり抜くことができれば自信にもなります。

 小さくてもいいから課題を乗り越える機会を学生に与えるべき(奥平)

いまの大学生世代の若者の貧困は、本当に深刻。上の世代とは比較にならない厳しい状態です。なのに、多くの上の世代はこの現状をわかっていない。「自分たちの方が苦労した」みたいなことを平気で言う人もいて、深刻な無理解がある。このままだと、日本は分断しますよ。たぶん介護の人手不足も、この初期症状が一因になっています。

中村中村
奥平奥平

私がミライ塾に取り組む理由は、目前に迫っている超高齢社会を前に、すでに若い人たちが疲弊する環境ができてしまっているからです。社会保障の負担も増えているし、昔の僕らの時代よりも明らかに社会環境は厳しくなっています。だからいまの若い世代が奨学金の返済問題等で疲弊しているこの状況をサポートしておかないと、日本は将来的にもっと厳しくなるだろうなと。

現状を超簡単に言い表すと、労働者派遣法の改正で非正規雇用が増えて、親世代の世帯収入が減った。その上、政府が日本学生支援機構を創設して、奨学金を金融事業化した。さらに、大学の学費もどんどん上げている。若者から搾り取ろうという政策をやりすぎ、社会問題になっている状況です。

中村中村
奥平奥平

そうですね。ただ、だからと言って、税金を使って盲目的に支援するのが良いかと言えば違うと思うのです。例えば震災支援のとき、税金を使って支援しても、パチンコに費やしちゃうとか、働き始めないというような本人の働く意欲を奪ってしまったというような問題もありました。そのような施策は税金を浪費するだけで、支援を必要とする人たちの自立の助けに本当になっていたのか?って疑問がありました。自分が支援者として動くならば、支援を必要とする方々が自分の力で乗り越えられる仕組みづくりと、その意欲を引き出すための支援が必要だと思いました。

学生の貧困に関しては、税金を使った給付型奨学金を可能な限り増やした方が良いでしょう。貧困家庭の優秀な子は給付型をもらって、そこから漏れた子たちが新聞奨学生なり、ミライ塾なりを利用するみたいな状況が望ましいと思いますね。

中村中村
奥平奥平

個人的には、一般企業が取り組んでいる給付型奨学金等はどんどん進めるべきだと思ってはいます。いま政府が進めている給付型奨学金は正直良い政策だとは思っておりません。限りある税金を使ったものですから、全員に行き渡らないのです。また支援は永久にはできないので、小さくてもいいから課題と一つ一つ向き合って乗り越える経験を子供たちが積み重ねる機会を創出することが大事だと思っております。これから社会はもっと厳しくなりますし、若いうちに何かを「やりきった」という自信を与えてあげたい。僕自身も、自分の力で「やりきった」ことが自分にとってとても大きな財産になっているので。

貧困で進学を諦めていたところを、自分で稼いでさらに勉強もするのだから、本当に大変な4年間。当然、やり切れば自信になるだろうし、中流以上の家庭の学生には真似ができない経験になる。その自信は貧困から抜け出すための大きな財産であると思います。

中村中村
奥平奥平

学費という深刻な問題を乗り越えた体験は本当に大きいです。社会人になると、当然いろんな課題が出てくる。そのとき自信があれば、「俺はやれる」ってなる。最近は転職を繰り返す子が多いけど、結果、そのほとんどは“落ちる転職”になりがちです。苦労を超えた先は必ず良いことがあるので、踏み留まって乗り越える、そういう経験をしてほしいわけです

 受け容れをお願いする際には、見学をし可能な限り自分でも仕事の体験をする(奥平)

僕の超個人的な意見ですが、若い子には介護の仕事はして欲しくないんですよね。介護福祉士の資格も取得しない方が良いと思っていて。なぜなら将来性がないし、産業全体が荒れすぎているから。

中村中村
奥平奥平

ネガティブな意見ですね(笑)。確かに介護を一生の仕事って考えちゃうと、まだまだ重たい仕事と感じられるかもしれません。しかし、介護に関わる経験は超高齢化社会においては必ず強みになります。もちろん、学生が働く施設はどこでもいいとは思っておりません。受け容れの問い合わせをいただいたら、まず法人さんの人材に対する基本スタンスについてお話を伺い、あとは自分が実際に現場を体験させてもらうようにしています。前職から全国の介護施設はそれなりに見てきており、週末は実際の現場で働いてもいるので、働く視点での見極め力はある程度は持っていると思っております。だから、受け容れをお願いする際には、見学をし可能な限り体験をさせてもらうようにしております。

問い合わせがあって、ミライ塾の子を預かりたいと依頼があったら奥平さんが体験しに行くんですか。それは、すごいですね。

中村中村
奥平奥平

利用者さんであったり、スタッフさんだったり、そういう空気感を見ます。良いところと悪いところでは、やっぱりなんとなくみんなの表情が違う。んっ?と思う施設は施設に入った瞬間臭気を感じたり、なんとなく活気がなかったり、利用者さんも何となくぼーっとしている。人手不足もあるのかもしれませんが、皆さんが常に業務に追われて介護が作業になってしまっているのではないかと思います。そして受け容れの際のひとつのフィルターになっているのが、学費の貸付です。ミライ塾では法人様に初年度の学費の貸付をお願いしております。

初年度の学費の貸付となると入学金、授業料で120万円~150万円くらいになります。大きな金額ですね。

中村中村
奥平奥平

ミライ塾はいま、社会問題になっている学生さんを支援していこう、ただの労働力ではなく、これからの日本を担っていく学生さんを一緒に支えていきましょう、という目的を持っています。なので、そこに共感してくださった法人様が一定のリスクを取りながらも受け容れをして下さっております。どうして初年度の貸し付けを頼むかというと、学生支援機構には入学前の貸し付けがないからです。そのお金を用意できなくて進学を諦めている貧困家庭の子は想像以上に多いと思います。

本当の貧困家庭は金融機関が相手にしないから、入学金の借り入れはできないですね。だから自分で働くことで、法人に返済することができる。ありがたい制度だと思います。

中村中村
奥平奥平

ありがとうございます。そういう学生たちを支援していかないと、貧困問題は解決できない。本当は僕自身がお金持ちで貸し付けができれば一番良いけど、お恥ずかしながら家族を養うのもぎりぎりな状況なのでその力がない。僕は仕組みを構築してサポートする、法人さんには初年度の学費の貸し付けをお願いする。そんな、学生支援機構ができないところをサポートする仕組みをつくりました

最初の入口で諦めなくていいって制度ですね。120万円~150万円といえば、零細事業者だったら経営が傾く金額なので責任が重い。支援を受ける学生も誰でもいいというわけでなく、人を選びますね。

中村中村
奥平奥平

もちろん誰でもいいわけではありません。私が支援を決める際に一番大事にしているのは、学力ではなく、苦労してでも大学や専門学校へ行きたいという「覚悟」があるかどうかです。収入の中から生活費にどれくらい必要かを確認しながら、最初に資金面や働き方(両立の仕方)についてシミュレーションします。2~4年間の中でどういう形だったら負担なく返済していけるか、学費をどれくらい返していけば、これくらいのタイミングで返し終わるか、とか。2年目からは学生支援機構を併用します。

学生支援機構の借金は大きな問題になっています。未成年に数百万円の借金を背負わせて、卒業後に現実に気付いてパニックになるという。本人が無理なら、連帯保証人の親に返済義務が移るので自己破産もできない。

中村中村
奥平奥平

学生支援機構は卒業してから返しましょうという制度です。昔みたいに、大学さえ行けばそれなりの就職ができて給料が上がって、親も退職金もあって老後の心配もしなくてよかったという時代だったら成り立っていた制度だと思いますが、いまは、その前提が壊れているように感じます

奨学生には”伴走者”が必要だと、自分の体験から思った(奥平)

第二種で月12万円を4年間借りたら、約600万円になる。それに利子がつく。無理でしょう。非正規だったら無条件に厳しいし、普通に就職できても簡単に返せる金額ではないですよ。

中村中村
奥平奥平

だから最初にプログラムを組んで、随時見直しをしながら、学費をどう調達してどう返していくか。そのサイクルをある程度、コントロールします。在学中にも定期的に面談をしながら、初年度に受け容れ法人様から借り入れた学費はだいたい2年目の夏くらいに返済が終わります。そこから先は学生支援機構に返すための準備に入る。卒業時にゼロまでいく学生もいます。

学生のリスクを小さくしてあげるためのサポートですね。新聞奨学生の場合はその個別対応がなかったから、脱落して潰れる学生も多かった。

中村中村
奥平奥平

自分の経験からして、“伴走者”が必要だと思ったんです。いまは電話もあればLINEもあるし、面談もできる。特に重要なのは軌道になる入口部分です。学校と仕事を両立することは大変で、生活のリズムをどう整えていくかがポイント。両輪で前に進めるようにしてあげるのが、ミライ塾の役割だと思っております

まあ、本来なら親がやる仕事なんですけどね。ただ貧困家庭は簡単に奨学金を借りている印象があるし、親に知識がなかったり、借金のリスクを知らなかったりするケースが多い。親と学生からすれば、奥平さんにはただただ感謝ですね。

中村中村
奥平奥平

地方の学生になると、親も関わりが難しくなってしまいます。やっぱり全員がすんなりと介護事業所で活躍できるわけではないし。学生がたまに失敗することは仕方がないけど、失敗したときには全力で悔しがり、二度と失敗しないためには、どうリカバリーするかがとても大切だと伝えています。その訓練が社会に出てからすごく活きてきますから。いまはスタート段階で試行錯誤の毎日ですが、学生一人一人としっかり向き合って、今後一人でも多くの学生を支援できるように、どう向き合い、どう支援していけばいいのかを模索する段階がいまの「ミライ塾」です。

まあ、いまは仕組みをつくっている最中なので大変でしょう。学生よりキーパーソンの奥平さんが潰れないかと心配してしまいます。後半も引き続き、貧困家庭の学生と介護事業所をつなげる「ミライ塾」の話をお願いします。

中村中村
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