「介護対談」第19回(後編)小濱道博さん「国が推進する「地域包括ケア」は“住み慣れた地域”で生涯を過ごすという考え方であって、住み慣れた自宅のことではない」

「介護対談」第19回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと小濱介護経営事務所・小濱道博さんの対談小濱道博
1958年札幌市生まれ。大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年間勤務。退職後、介護事業コンサルティングを行う小濱介護経営事務所を設立。介護経営のコンプライアンス指導のほか、自治体や社会福祉協議会の講習会などの講師、介護関係の書籍の執筆活動も行っている。介護事業経営セミナーの講師実績は全国で年間200件を超える。主な著書に「これならわかる〈スッキリ図解〉実地指導 介護事業」(翔泳社)「混合介護導入・運営実践事例集―介護保険外サービス障害福祉サービス」(日総研出版)などがある。一般社団法人日本介護経営研究協会専務理事。C-MAS介護事業経営研究会顧問。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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国は介護事業者が増えすぎている状況に耐え難く、平成30年まで待てなかった(小濱)

中村 2015年の介護保険改正で、小規模デイサービスの大幅な報酬減は話題になりました。約10パーセントの報酬ダウンは事業継続が危ういレベルで、前触れもなく国はそこまでやるのかと驚きました。どうしてそんなことになったのでしょう?

中村中村
小濱小濱

小濱 デイサービスは総数4万3,000、そのうち小規模は2万3,000で半分以上。それが国の思惑と違ったってこと。国は通常以上の規模を考えて制度設計した。小規模は特例だったはずが、フランチャイズがでてきて莫大に増えた。そんなときに、事業所数800だったあるフランチャイズ業者が2,500に増やすって計画を言った。それが国の逆鱗に触れて、結局、蓋を閉めたわけですよ。

中村 えー。欲にかられた1人か2人のベンチャー経営者がやったことが、国を動かしたのですか。すごい。彼らは今、労働関係でも大問題を起こしているし。1人か2人のせいで、小規模デイという高齢者にとってメリットの多かった業態が失われる危機にあるわけですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 定員18人以下のサービスは地域密着型、市区町村に移しましたよね。それと約1割の報酬減。国が手を打った結果、去年4月以降の小規模デイサービスの伸びはストップ。月によっては前月より、マイナスに。もう蓋閉めは終わったってことです。

中村 彼らは信販会社と提携して高利子負債を背負わせて小規模デイを建てさせたり、現実に気づいて辞めたいという人に1,500万円の違約金を要求したり、介護保険喰いをやりたい放題で贅を尽くしていましたからね。大きく見れば、朗報と思っていいのでしょうか。

中村中村
小濱小濱

小濱 平成30年の制度改正で総量規制の対象になるので、蓋閉めから封印です。公募制になると認可は市区町村ごとに件数は決められて、それ以上は許認可を出さない。要するに、もう小規模デイサービスには許認可は出ないってこと。減る一方。体力があるところは事業拡大して、通常規模に移す。体力がないところは最高でも現状維持か閉鎖。少なくとも事業展開ができない。結果的にフランチャイズはおしまいです。

中村 国の意図の逆手を打ちすぎて、消滅という最終段階までなってしまった。お泊りデイ3.0とかまた新たなビジネスを始めていますが、引っかかる被害者がいなくなることを願うばかりです。

中村中村
小濱小濱

小濱 国は増えすぎている状況が耐え難く、平成30年まで待てなかったわけ。だから3年で変えた。事業者が生き残るためには利用者を増やして、事業規模を拡大する。スケールメリットを追求して、利益率を高めるってこと。でも多くの零細経営者はそれができない。だから多くの事業者は、次の改正で淘汰されて終わりです。

今後は規制緩和や保険外サービスが進んでいく。介護保険だけだったら、もうやっていけない(小濱)

中村 9月5日に、公正取引委員会が“介護分野に関する調査報告書”を出しました。僕は被害者まみれのフランチャイズの惨状を眺めて、規制緩和や市場原理主義みたいなことはつくづく福祉や介護に合わないと思っているのですが。

中村中村
小濱小濱

小濱 公正取引委員会の提言の一つは特養。現状だと社会福祉法人しか認可が下りないけど、株式会社にも認可を下ろせと。もう一つは保険外サービスを介護保険サービスと一緒にやったらどうかと。一緒にやったら効率がいいし、その分料金も安くできるでしょ、という提言を出しました。

中村 報道されるレベルの重大な虐待事件など、介護の質の低下は著しいです。なんにでも許可をだした規制緩和が原因と思うのですが、さらなる規制緩和を推進する流れなのですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 国は規制緩和、保険外サービスを進めたがっている。だから、国のプロジェクトなの。厚生労働省の領域は飛び越えているわけ。国のプロジェクトとして、経済発展という名目で保険外サービスを進めたがっている。

中村 簡単にいうと、もう介護報酬だけでは生活はさせない。制度維持のために限界を超えて報酬は下げるので、混合介護をして他で稼いでくれってことですか。もう、介護職の賃金アップとか夢みたいな話ですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 それもありますね。介護保険だけだったら、もうやっていけない。混合介護は介護保険サービスと介護保険外サービスを併用するって意味。元々介護保険は最低限のサービスって位置づけで、利用者さんの100パーセントのニーズは賄えない。自分でやって欲しいことがあれば、全部自分で費用を負担してってこと。保険外サービスを組み合わせて、初めてニーズを達成できる。これは介護保険ができたときからある考え方ですね。

中村 医療はそういう考えはないですよね。保険外の抗がん剤を使ったら、医療保険が使えなくなる。混合医療はない。混合介護ができる理由は、介護保険は最低限のサービスだからってことなのですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 国が今、保険外サービスって言っているのは、介護事業所にやらせることはごく一部。一般企業がシルバー産業に入ってきて、現状は介護保険の規制が展開の縛りになっている。それを取っ払おうってこと。どこまで規制緩和するかって検討が始まったばかりです。

中村 無駄な縛りが多い訪問介護あたりは混合介護で合理的になりそうですが、制度と制度外がこんがらがって、行政は状況をさらに把握できなくなりますね。

中村中村
小濱小濱

小濱 混乱するでしょうね。地方分権が問題で、例えば税金だと国が法律を作ったものを、国の機関である税務署が所轄する。労働法は国が作った法律を、国の機関の労働基準監督署が動く。系統が真っ直ぐなの。ただ介護保険は、国は法律を作るだけ、運用するのは市区町村、それが問題でしょう。

中村 真っ直ぐだったら国の意志が伝わるけど、介護の場合は市区町村の判断が入って順調には進まず、バラつきが出てくる。国が考えているような事業展開にはならない可能性が高い、と。

中村中村

施設に入れない要介護4や要介護5の重度者がどんどん増えている(小濱)

小濱小濱

小濱 国が考えているのは、様々な企業がシルバー産業に参入すること。簡単にいえば、高齢者のタンス預金を吐きださせたい。それが出てきたら経済は潤う。高齢者のお金を外に出させる、使わせたい。だから介護は成長分野って呼ばれるわけで、決して介護保険事業が成長産業なわけじゃない。

中村 日本は個人の金融資産1,500兆円と言われていて、その6割くらいを高齢者が持っています。国際的に比較すると行き過ぎた預金額で、その現状に頭を抱える麻生財務大臣をテレビで観ました。

中村中村
小濱小濱

小濱 シルバー産業は高齢者が使いたい、買いたいものを作るだけ。しかし、介護事業所って枠で考えると、非常に厳しい。8割が小規模零細なわけだから介護サービスでいっぱい。業界再編成と呼ばれているけど、巨大な法人に一極集中するか、駅前の商店街になるかだよね。

中村 ついこの前まで待機老人50万人が叫ばれ、事業所を増やすことに必死になっていたはず。参入障壁を非常に緩くして、誰にでも認可をだして様々な人が入ってきた。壮絶な手のひら返しですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 質で評価して、上の事業者だけ救えばいいって考え。国は事業拡大して利益率を上げて、報酬を下げても大丈夫な体力がある企業に残ってほしい。スケールメリットのサービスにしたい。例えば小規模デイだと利益率は7~8パーセント、大規模デイだと20パーセントに近い。利益率を超えた報酬減に踏み切ったのは、もう零細事業者は辞めてくださいってことですよ。

中村 エグイですね。介護の質というと曖昧になりますが、質とはお金ってことか。貧乏な法人や事業所は容赦なく切ると。僕は零細経営者の知り合いは多いですが、みんなダメですね。自殺者が出なければいいなぁ。あと彼らに貸付けする金融機関もパニックになりそう。

中村中村
小濱小濱

小濱 それが現実です。今は特別養護老人ホームも空いているくらいだから。入居が埋まらない。50万人も待つ方がいるから空いたら、すぐ埋まると思うでしょ。それが、埋まらない。理由の一つは去年の改正で補足給付負担限度額が変わったことです。

中村 預金1,000万円以上あると国の補助がゼロという制度改正ですね。今までは特養でかかる部屋代と食事代は、所得に応じて補助があった。ところが預金1,000万円以上の世帯はゼロになってしまった。

中村中村
小濱小濱

小濱 世帯分離をできなくしたことが大きい。世帯分離ができなくなったので、おじいちゃん、おばあちゃんの所得を合算して判定する。預金は2人で2,000万円以上を持っていたらゼロ。もう一つの理由はサ高住。特養の利用料は月13万円前後、サ高住で月14~15万円程度。サ高住は新築で新しい、医療も介護もつく。特養は築が古い、どちらに行くかってことですよ。

中村 制度改正での自己負担増でサ高住が完全に競合になり、待機老人問題は解決してしまった。特養は一般家庭のセーフティネットでしたが、お金がないと入れなくなったわけですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 だから、施設に入れない重度者がどんどん増えている。要介護4でも要介護5でもお金がないから、施設に入れない。自宅のアパートで寝たきり。制度的には定期巡回型といって、一日に何度も訪問するとか。なにが起こるかというと、離婚だよ。

中村 要介護高齢者夫婦の離婚ですか?

中村中村
小濱小濱

小濱 そう。一部でなにが起こっているかというと、おじいちゃん、おばあちゃんを離婚させている。家族がそう決める。今、夫婦2人を特養に入れたら月30万円がかかる。離婚したら所得の合算がないから、今まで通り月7~8万円で入居できる。年間100万円も違ってくるからね。

中村 マジですか。社会保障制度の改正一つでそんなことに。もう福祉の概念のノーマライゼーションとか豊かさなんて話じゃないですね。終わっていますね。

中村中村
小濱小濱

小濱 これからの高齢者は預金を持たない、財産を持たないようにしないと。生前贈与のような対策をとっていかないと、とてもやっていけないですよ。

国が推進する「地域包括ケア」は“住み慣れた地域”で生涯を過ごすという考え方であって、住み慣れた自宅のことではない(小濱)

中村 介護報酬減、ボランティア活用の総合事業、零細事業者の追いだし、混合介護など、業界再編成の大まかな話を聞いて、どう考えてもそんな都合よくいかないと思います。混乱して、また3年後に変わるのでしょうか。もう想像がつかないです。

中村中村
小濱小濱

小濱 だいたい想像はつきますよ。多くの市町村は、総合事業はできないでしょう。うまくいかない地域はサービスが悪化して失敗する。市議会とかで騒ぎになって、さらに無理強いをして…という悪循環になる。

中村 負の連鎖の渦中で誰もボランティアなんてしないですよね、強制労働じゃないんだから。最終的にはお金のない要介護高齢者が一カ所に集められて、最低限のサービスに特化した場所ができるみたいになるかな。暗い想像しかできません。

中村中村
小濱小濱

小濱 CCRC構想って、もう動きはある。東京のとある区は和歌山のほうに特養を作っている。都内は土地ないし、高いから建設は無理。だから区内の高齢者を和歌山に移しているの。この前、移住地ってことで別府など国がいくつか候補地を出したじゃないですか。それぞれに移ってもらって、高齢者も少ないし、土地があるから移って老後を過ごしてよってこと。

中村 お金を持っている人は住み慣れた地域で生活し、ちょっとしかお金がない人は見知らぬ地方の特養、お金がない人は生活保護で地方や埋め立てかなんかの姥捨て山に集められるみたいな。地域から追いだすのだから、地域包括ケアの概念が違ってきますね。

中村中村
小濱小濱

小濱 考え方ですよ。地域包括ケアって“住み慣れた地域で生涯を過ごす”、どこにも住み慣れた自宅って言葉はない。だから住み慣れれば、見たことも聞いたこともない地方でもいいって考え。もう現実にそういうことが起こっている。地域は地域で高齢者が来てくれれば、地域の雇用に繋がるってことで一部歓迎している感じだし。

中村 うわ、本当に老人まみれの町とか村がでてきているのですね。

中村中村
小濱小濱

小濱 もう近々、元気な高齢者が元気じゃない高齢者を面倒みるって世の中になる。その地域包括ケアができなかったら、おっしゃる通りに本当に姥捨て山になる。親に生活保護を受けさせて、その範囲内でどこかに閉じ込めるみたいな、劣悪で不衛生で生かされるだけの姥捨て山がでてきますよ。

中村 着々と進んでいる大変な現実を聞かせてもらって、ありがとうございました。あまりにも急展開だし、想像を絶していました。ネガティブな現実は、どんどん伝えたほうがいいと思います。これからもよろしくお願いします。

中村中村
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