「介護対談」第18回(後編)光前麻由美さん「大前提として、介護を受けている側にストレスがある。自分が危機的な状況にいるから怒りやすい」

「介護対談」第18回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと日本アンガーマネジメント協会ファシリテーター・光前麻由美さんの対談光前麻由美
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会・公認アンガーマネジメントシニアファシリテーター。看護師として病院に勤務しながら、医療従事者を中心に接遇、クレーム対応、アサーティブコミュニケーション、メンタルヘルスなどの研修を行っている。アンガーマネジメントコンサルタント、アンガーマネジメントキッズインストラクタートレーナー、ISAT公認SATコーチャー、接遇インストラクター。2児の母。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

更新

大前提として、介護を受けている側にストレスがある。自分が危機的な状況にいるから怒りやすい(光前)

中村 虐待、職場の人間関係、常態的な不満、離職などなど、怒りの感情は介護現場に直結しています。介護関係者の誰しも少なからず抱える怒りの感情を、どう扱えばいいか、どう対応すればいいのかなど、感情をコントロールできるアンガーマネジメントは、介護関係者にお薦めというわけですね。

中村中村
光前光前

光前 具体的には3つの暗号を使ってマネジメントしていくのですが、テクニックが30くらいあります。そのテクニックを使って、カッとなったときに反射的にならない方法とか、怒る必要があるのか、怒る必要がないのかを線引きしたりできるようになります。

中村 介護現場は正直なところ虐待まみれ、離職は止まらないと想像以上に荒廃しています。本一冊程度の知識とテクニックで職場が好転するならば、どんどん取り入れてほしいと思いますね。

中村中村
光前光前

光前 心理トレーニングなので、日々の練習は必要ですけどね。病院でずっと働いているので、介護現場の状況はおおよそわかります。看護や介護ってサービス業。でも職人みたいな意識が強いように見えます。コミュニケーションに関しても一般的な企業より接遇を学ぶ機会が少ないですし。

中村 ベテランの方々はサービス業ではなく、専門職という意識でしょう。それに向き不向きを問わずに誰でも入職させるので、当然ながら歪みがでる。資金面と時間的に接遇まで手がまわらないでしょう。

中村中村
光前光前

光前 介護や看護を利用する人たちは、自分の生理的な欲求が満たされない人たち。飲むとか食べるとか排泄するとか。命にかかわる現場なので、大前提として、まず介護を受けている側にストレスがある。自分が危機的な状況にいるから。だから怒りやすい。

中村 危機的状況にいる人へのサービスなので、人の命を預かっている。現場ではやっぱり緊急を要することが多いし、過剰なストレスがかかりやすい。過剰なストレスがいずれ怒りや破壊に変貌するのは、普通の流れかと。

中村中村
光前光前

光前 日本は先進国の中で、一人の患者に対する看護師、介護職の人数が少ないんです。一人で何十人もみるという実情がある。わかってはいるけど、忙しいと余裕がなくいっぱいいっぱいになりやすい。アンガーマネジメントを学ぶと、怒りを感じる仕組みを知るので、そういうときは怒りを感じやすいってことがわかってきます。

中村 例えばトイレ介助か。時間が重なる。2人も3人も同時にトイレで呼ばれているのに、また他の人からも呼ばれてイライラする。“今、それじゃなくていいよね”みたいに怒りの感情が湧く。でも高齢者本人にとっては大事な問題という。

中村中村
光前光前

光前 やみくもに怒っても解決しないから、冷静になってちょっと待ってほしいことを伝えればいいのです。でも頭ではわかっていても、気持ちがついていかないだけ。だから衝動的にならない方法を知ると、ストレスは激減して仕事は楽になります。

時間を空けて冷静になってから接する、いったんその場を立ち去ることもテクニックの一つ(光前)

中村 僕は経営者で責任取らなければならない立場だったので、高齢者相手に対して怒りの感情が芽生える瞬間は少なかったですが、危なかった瞬間は二度、三度ありました。介護現場は限界を超えて追い詰められる瞬間がたびたびある。

中村中村
光前光前

光前 諸説ありますが、怒りのピークは6秒と言われています。6秒間をどうやり過ごしていくかを、テクニックを使って乗り切ります。人によって得意な方法は違いますが、怒りの感情が芽生えた瞬間に数を数えるとか、自分自身に“ストップ!”と呼びかけて頭の中を真っ白にする感じとかがありますね。これらは怒りに反射しないためのテクニックのひとつです。

中村 テクニックを使って冷静に客観的になるということですね。怒りのピークが6秒間というのは、よくわかります。確かに。

中村中村
光前光前

光前 よくあるのは、認知症の方の対応。認知症の方はおむつ交換や入浴介助のときなどに嫌がって暴れたり、蹴ったりすることがあります。本人は恥ずかしいし、嫌なことをされていることはわかる、でも認知症だからどうしてそんなことをされているかがわからない。本人は防衛本能として、そういうことをするわけです。

中村 認知症の人は向き不向きがありますね。経験が少ない人でたまに本当にキレたりする人を何度も見たことがあります。

中村中村
光前光前

光前 こちらも人間じゃないですか。私たちも叩かれれば痛いし、つねられれば痛い、嫌なことをされれば嫌な気分になる。反射的に反応してしまうと、どちらも良いことがない。利用者さんは興奮するし、収拾がつかなくなる。そんなときは時間を空けて冷静になってから接する方法もおすすめです。タイムアウトというのですが、いったんその場を立ち去ることもテクニックの一つです。

感情がコントロールできる技術を身につけると、仮に怒ったとしても自分の怒った感情を素直に受け止めることができる(光前)

中村 確かに感情的になると、どちらにもいいことはないですね。養成所や資格の研修では認知症の特徴は学ぶけど、じゃあ、自分自身の感情とどう折り合いをつければいいかっていうのは、誰も教えてくれない。確かに、アンガーマネジメントによって現場でのイライラは回避できそうです。当然、虐待も減りますね。

中村中村
光前光前

光前 感情がコントロールできる技術を身につけて、なにが一番よかったかというと、すごく楽になることです。キモチにゆとりが生まれる。仕事のストレスは最小限になります。仮に怒ったとしても、自分の怒った感情を素直に受け止めることができますし。

中村 最近、介護現場で深刻な事件が起こりまくっています。相模原市の障がい者施設での殺人事件は特殊例としても、川崎市の有料老人ホームの事件は明らかに感情のコントロールができなかったことが原因でしょう。様々なストレスが高齢者に向かって爆発してしまった。

中村中村
光前光前

光前 介護絡みでいろんな事件がクローズアップされていますけど、介護そのものの問題より、自分自身の感情と折り合いをつけられているとかどうかが大きいでしょう。犯罪加害までなる人は介護をしたからそうなったのかというと、そうとは言い切れないと思うんですね。

中村 感情に折り合いをつけられない、大きな問題を起こしがちなのは男性のほうが多い。介護職をして怒りっぽくていいことはないので、アンガーマネジメントは男性介護職の方々にチェックしてほしいですね。

中村中村
光前光前

光前 手術のあとに精神的に不安定になるICUシンドロームという状態があります。以前私が働いていた職場では、そうなるのは男性の方が率は高かった。管で繋がれたり、モニターがピコピコと24時間鳴っていたりする。そうすると一部の方がパニックになる。男性のほうがストレスの耐性が低いことは確かかもしれません。

上司の立場の人が感情的にならないのは、組織として重要(光前)

中村 介護施設からのアンガーマネジメント講習の依頼は虐待を防ぐため、みたいな意図があるのでしょうか。入門講座は90分と短いですね。勤務中の研修のようなレベルですね。

中村中村
光前光前

光前 入門講座はそうです。介護施設では研修に取り入れてもらうこともあれば、近隣のケアマネージャーさんなどを呼んで開くこともあります。虐待防止から職場の人間関係悪化の予防などが期待できます。

中村 研修となるとまず管理者や施設長、リーダーなどの正規職員から学んでいくわけですね。

中村中村
光前光前

光前 上司の立場の人が感情的にならないのは、組織として重要なことです。あとは怒りっぽい人って怒られ弱いという傾向がある。人の気持ちを理解できなかったりするので、人の価値観とか考え方は多種多様とか、自分の怒りの傾向を自覚するので、怒られることに強くなります。自分はこういうことで怒りやすいと傾向がわかれば、事前に予防ができますし。

中村 要するに自分を客観視して、悪い部分を改善していこうってことか。講座の席につくだけでおおよその問題は解決ですね。問題が多い人は総じて客観性がないし、自分だけは正しいという意識だから。特に中年男性は酷いかなぁ。

中村中村
光前光前

光前 自分自身のために、と思って来られる方は、身につきますよね。会社から言われたから自分は関係ないけどみたいな、そういう方の場合は実践しようとしないので効果が期待できないですね。でも受講された方は今後も続けていきたいとか、来年もお願いしますみたいな声がほとんど。特に上の立場の方がアンガーマネジメントを身につけると、全体に影響が及ぶので施設は確実によくなります。

中村 経営者や上司が学んで現場職員に教えたり、自分自身が実践してコミュニケーションを円滑にして職場が変わるということですね。

中村中村
光前光前

光前 アンガーマネジメントを日常的に取り入れて、その結果、離職者が2012年に13名がいらしたのが、翌年にゼロになった施設や残業率50パーセント減という施設もあります。

中村 離職はわかりますが、残業も減るのですか。

中村中村
光前光前

光前 アンガーログといって、怒りの日記をつけます。自分の怒りを客観視して、自分の怒りがどういったときに起こるのかを知るため。自分の怒りの傾向を知ると対処しやすくなりますよね。また、ある施設で夜中に何度もナースコールを押される利用者さんがいたそうです。その施設では怒りの感情のピークは6秒だから衝動のコントロールとして、多くの職員が一度手を洗ってから向かうことにしたのです。

中村 手を洗って6秒待てば、自分の中で感情が抑えられる。怒りの感情が減ることで、業務が円滑に進んだと。

中村中村
光前光前

光前 手を洗うというわかりやすい行為を施設の方々がやっていく中で、だんだんと高齢者からの呼びだしが減り、施設の中の職員同士のコミュニケーションも良好になったそうです。結果として離職と残業が減ったわけです。

中村 施設の中にアンガーマネジメントの知識がある人がいれば浸透して、好循環になるわけか。素晴らしいですね。今日はありがとうございました。

中村中村
介護対談一覧に戻る