「介護対談」第24回(前編)陶山浩三さん「利用者が幸せにならないと職員は幸せにならない。介護職が幸せにならないと、利用者が幸せにならない」

「介護対談」第24回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと陶山浩三さんの対談陶山浩三
介護業界で働く人たちの労働組合、UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)の顧問。会長を退任した2017年現在も、厚生労働省の諮問機関である社会保障審議会・介護保険部会で介護職員の処遇改善のために提言を行っている。NCCUは労働環境の整備や改善をはじめとする諸問題を解決するために設立された、介護職員のための労働組合。介護保険法施行の2000年4月に介護部門が発足した。組合員は現在6万5,000人。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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労働条件の交渉相手は企業だけではなく介護業界も。さらにいえば国も対象に(陶山)

中村 陶山さんはUAゼンセン日本介護クラフトユニオン(以下、NCCU)の会長で、社会保障審議会介護保険部会の委員でもあります。UAゼンセンは産業別の労働組合の集合体で、165万人の組合員がいる巨大な組織。その加盟組合である日本介護クラフトユニオンは2000年に発足、組合員数は6万5,000人、日本最大の介護従事者が集まった労働組合です。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護従事者全体の3パーセント程度。介護保険制度が始まってまだ16年、新しい産業なので、まだまだ成長途上の段階です。組合員の構成は、国がいう介護職員とその周辺の事務員やケアマネ等の介護従事者を合わせて、現段階では6万5,000人です。

中村 現場の介護職たちには、労働組合と聞いてピンとこない人も多いと思います。簡単にいえば、労働者を守ってくれる組織。NCCUは介護従事者なら、全国どこでも正規/ 非正規、個人法人関係なく、誰でも加盟ができる。具体的にはなにをしてくれるのでしょうか。

中村中村
陶山陶山

陶山 労働条件の維持・改善・向上が目的なので、会社への団体交渉とか。業務としてやっています。個人でも加入できますが、組織としては59法人が加盟しており、そこで働く組合員が41の分会をつくり、その分会と私どもが団体交渉を担当する。例えば労働条件に悩む組合員がいれば、すぐに経営者との交渉に動きます。

中村 零細法人が多いこともあって、ほとんどの介護事業所には労働組合はありません。さらに介護職には労働法を知らない人がたくさんいて、その無知を経営者に利用された違法労働が蔓延している。個人的な意見だと、介護職の方々はみんな労働組合に加盟した方がいいと思う。

中村中村
陶山陶山

陶山 本当にそうです。労働条件の改善を求める団体交渉は、私ども専門スタッフがやります。企業別の労働組合になると組合役員は法人の社員でもありますから、どうしても企業との交渉によっては難しい局面もあります。けれども、私たちは職業として労働組合で働く専従職員がいるので、しっかりと団体交渉を進めることができますね。

中村 日本介護クラフトユニオンの発足は、2000年。介護保険制度の始まりと同時期ですね。

中村中村
陶山陶山

陶山 2000年に介護保険制度がスタートして、様々な業種・業態が介護ビジネスに入ってきた。そうすると、賃金体系から人材管理まで元々の産業の形態を持ち込んでくる。労働者側の立場から労働条件の維持改善が非常に難しい環境にありました。

中村 介護がどうしてブラック労働が多いのか調べましたが、やはり一部の業者で「労働者は修行期間」みたいな論理を持ち込んで洗脳じみた人材管理をしている。そうなると、労働組合みたいな第三者の目がないと正常な労働環境になりません。

中村中村
陶山陶山

陶山 発足のもう一つの理由は、介護従事者が300万人規模の大きな市場になるから。その方々を守るために個々の企業別組合では守れない部分もあるので、すべて集合させようとスタートしました。当然、交渉相手は企業だけではなく、介護業界も、もっといえば国も対象になります。

「介護報酬を上げてほしい」という大量の署名を、法律が変わる前に大臣のところへ持っていく(陶山)

中村 陶山さんは介護保険事業者、介護職の命運を握り、常に動向が注目される社会保障審議会介護保険部会の委員です。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護保険部会への参画は2010年から。全国ネットで6万5,000人という組合員数、それだけの人たちの現場がわかり、課題がわかり。データも含めてエビデンスが集まる。それを国に評価されて参加できているのかと思います。すべての介護従事者を代表する気持ちで介護保険制度にかかわっていますね。

中村 2010年といえば民主党政権時代。社会保障費削減の騒ぎが起こる前で、現在と比べると平穏な時期だった記憶があります。

中村中村
陶山陶山

陶山 処遇改善交付金は、民主党政権発足前に麻生元総理が出したのが最初ですね。当初政府は介護保険の財源ではなく、一般財源から出した。私たちも必死に交渉して、できる限りの要請要求はしていましたから。

中村 一般人には見えてこないのですが、国との交渉というのはどうされているのでしょうか。カラクリがわかりません。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護保険部会で直接、意見を申し上げる前から、介護職、介護従事者たちの処遇改善を要請という形で厚生労働省や大臣に対して行っており、現在も続けています。私たちには上部団体であるUAゼンセンに組織内議員がいてその方々につないでもらう。組織内議員が要請活動の基盤になります。今だと民進党の川合孝典さんという参議院議員ですね。

中村 なるほど。組織が議員を応援して政界に輩出して、その力を借りて場をもうけるわけですね。国の主要な人物と対面する機会を作れるのは、大きな組織だからこそできることですね。

中村中村
陶山陶山

陶山 そうです。2000年に介護保険制度が始まって、その前の措置時代に比べ報酬が大きく下がって、その後、2回続けて下がった。介護報酬は組合員の処遇に直結するものなので、「介護報酬を上げてほしい」という署名を集めて、それをダンボールで何箱も持って厚生労働大臣のところに行くわけです。要請活動は都度行っており、大臣が代わったとか、法律が変わる直前に動いていますね。

高齢者が増えていく2025年から2042年に向けて、社会保障費の削減は大前提(陶山)

中村 社会保障審議会の様子は連日報道されているし、多くの関係者が注目しています。介護業界には報酬の大幅減は必至と、かなり厳しい状況が伝わっています。

中村中村
陶山陶山

陶山 一番の課題は団塊世代が後期高齢者に突入する2025年から2042年まで、ずっと高齢者が増えていくこと。簡潔にいうと、財源が大変な状態になっている。介護だけではなくて医療、年金、すべて同じ。社会保障費の削減は大前提にあると思います。具体的には、自然増で年間6500億円を4000~5000億円に抑えたいということです。

中村 とにかく財源がないと。介護保険部会では限られた予算しかないという共通認識の中で、介護保険はどうしていこうか議論するわけですね。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護保険部会には共通する課題が大前提にあります。現在は“地域包括ケアシステムの構築”と“介護保険制度の持続可能性の確保”の2つです。制度の持続可能性の中に、高齢者が払う負担、サービス価格をどうするか、介護報酬をどうするかが含まれる。

中村 介護保険制度を持続という視点で、利用者負担や高額介護サービス費の上限額が上がるわけですね。高齢者の自己負担は上昇して、年金が下がる流れにあると。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護保険部会は2016年末で70回。その都度、今回は医療と介護の連携について、今回は利用者負担についてと、分割された論議をやりました。先にレクチャーを受けて、レクチャーを受けた日から、介護保険部会当日までこちらとしての課題を整理して、その日に自分たちの主張をする。そんなスタイルでずっと続いています。

「この業界で働いても食べていけない!」。これが問題(陶山)

中村 労働組合の立場だと、最も大きなテーマは介護職の処遇改善になりますよね。深刻な財政難で高齢者に負担増が求められている中で、介護職、介護従事者の処遇改善は厳しそうですね。

中村中村
陶山陶山

陶山 最重要課題は働く人たちの処遇改善です。これは諦めるわけにはいかない。利用者があっての私たちがいますので、利用者が幸せにならないと職員は幸せにならない。その逆もいえて、介護職が幸せにならないと、利用者が幸せにならない。両方の立場から考えて発言をしています。

中村 個人的な意見だと後者でしょう。介護職の厳しさはもう限界と思っていて、高齢者は後まわしでいいかと。大きな上昇はもう望めない雰囲気があるので、処遇改善加算を1,000円でも多く、みたいな攻防になるのでしょうか。

中村中村
陶山陶山

陶山 介護報酬は措置時代から見ても改善されていません。そして、介護従事者の処遇は、この介護報酬の中から支払われていますが、もともと設定されている人件費相当分が低いといえます。簡単にいうと、「この業界で働いても食べていけない!」。これが問題なのですよ。全産業平均でみると10万円とか9万円低いと言われていますが、私たちの調査結果では、少なく見積もって8万円は確実に低いです。

中村 食べていけないとか、大問題ですよ。しかも厚生労働省のデータが正しいと思えない。介護労働者の平均賃金は著しく高い数字が出ている。処遇改善加算の届出した介護職員の平均給与額28万7,420円とか出していて驚きました。

中村中村
陶山陶山

陶山 目に見えて高いですね。たぶん一時金とかボーナスを入れていたりするのでしょう。彼らなりにエビデンスは持っていますから、彼らなりの実際の数字ではあると思いますが。それと民間と社会福祉法人、医療法人とか様々な区分を一つにしての調査だから、民間だけでやったらあの数字は出ないでしょう。

中村 処遇改善加算が上がっても、同時に事業者への介護報酬を下げているから、大きな賃金アップは望めない。矛盾している。経営が苦しいから処遇改善加算を職員に払わないところも多いだろうし。

中村中村
陶山陶山

陶山 2015年に厚生労働省のデータに違和感があったので、我々で組合員の賃金を調査しました。2015年当時、正規月給制の全体平均が22万2,998円、訪問系20万9,492円、施設系19万8,757円。非正規時給制で全体13万6,991円、訪問系12万8,034円、施設系14万1,289円という結果でした。これが実態でしょう。

中村 安いですね。うんざりしてしまいます。非正規になると単身ならば相対的貧困に該当、正規でも貧乏人ですね。人手不足の解消は無理でしょう。人を誘えるような環境が一切ない。

中村中村
陶山陶山

陶山 離職率は高いし、課題まみれです。離職には人間関係とか、様々な事情がある。けれども、最大の問題は処遇です。この処遇をなんとかしない限り、前進はありません。さらに介護に外国人を無秩序に増やしてしまったら、現状の技能実習生の事例でもあるように、労働条件の低下に引っ張られ、日本人で介護する人はいなくなることも考えられます。昨年、介護を対象職種に含む外国人技能実習適正化法が国会を通りましたから、本当に頭が痛いです。

中村 本当にいい加減に離職を止めないと、大変なことになります。後半も次期改正にかかわる介護保険部会について、介護職の処遇についてお願いします。

中村中村
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