

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
農福連携は今の社会状況にマッチした(濱田)
中村 濱田さんはJA共済総合研究所主任研究員で、農福連携による農産物や商品のブランド化を目指す「全国農福連携推進協議会」を発足し、会長職に就かれました。農福連携とは農業と福祉の連携のことで、福祉には高齢者福祉、介護施設なども入ってきます。


濱田 農業と福祉の連携を10年前から研究してきて、今月8日に「全国農福連携推進協議会」を発足させました。これまでの農福連携は、障がい者が農業で働くという狭い意味の連携でしたが、今すごい勢いで広がっている。農業は高齢化し、後継ぎがいなくなり、担い手と労働力が減っている。一方で障がい者は、まだまだ働く場が少ない。それをマッチングしたのが農福連携です。
中村 農業従事者の平均年齢は67歳と聞きました。凄まじい高齢化は担い手がいないってことですね。働いている障がい者の賃金は98%が年収200万円以下と低水準で、働く場所がない人もたくさんいる。


濱田 著しい高齢化でにより人手が足りない農業でアルバイトをすれば、もっと賃金が上がる可能性があるわけです。マッチングをすれば、両方にとってメリットがある。もう一つ。農業には、他の仕事に比べて福祉力がある。作業したり、食べたり、その現場にいるだけで、すごい癒しの効果があったりする。
中村 野菜とか果物を育てるのは、自然があって成果がわかりやすいですね。食という人間の根幹にかかわる仕事で、他の産業と比べると働きやすかったり、モチベーションが上がりやすい環境があると。


濱田 自分が作ったものができあがる過程が見えると、自分の役割を見出だすことに繋がるわけです。農業は障がい者にとって働きやすい産業のひとつです。以前、施設スタッフにアンケートをとったのですが、従事した知的障害、身体障害、精神障害の方々が「障害や状況が改善している」と感じているのですね。
中村 農作業を通じて心身が改善するならば、国がずっと推進している自立支援に繋がります。賃金はあがって、心身も改善するとなると良いこと尽くしですね。さらに人材不足と従事者の高齢化で危機的な産業の衰退が喰い止められるかもしれない。


濱田 それが日本の農福連携が広がる背景。こうした動きを厚労省や農水省も支援し、近年、急速に広がりつつあます。今のような大きな動きになったのは、様々な社会状況が変わったからでしょう。
中村 少子高齢化、障がい者就労問題、それに社会保障の縮小など。農福連携は今の社会状況にマッチしたということですね。

デイサービスのアクティビティで収益が上がるのは素晴らしい(中村)

濱田 農福連携、農を介護の世界で利用すれば、働くだけではなく、様々な効果が見込めます。農の福祉力で介護予防ができる、農作業を通じてリハビリができるでしょう。その場にいるだけでレクリエーションになるし、癒しにもなる。障がい者で培った効果は、高齢者にそのまま当てはまるといえます。
中村 実際に農作業ができて効果がありそうなのは要支援、要介護ではない高齢者と、要介護2程度までの軽度の認知症高齢者でしょうね。足腰の不自由な高齢者については散歩代わり程度かもしれませんが、作業する人たちのちょっとしたお手伝いでしたらできるかも知れません。


濱田 今までの農福連携は、障がい者施設と農業が就労で繋がっていたものでしたが、厚労省も農水省も高齢者にターゲットを拡げていきたいと考えている。要支援・要介護の高齢者でも、デイサービスなどに行って農作業してもいいと思うんですよ。それが機能訓練になり、癒しになるから。あるデイに農作物を売ってはどうかと助言したら、本当に売りました。その売上はデイの収益になります。
中村 収益があがれば高齢者に還元してももいいし、スタッフの賃金にしてもいいですね。デイサービスのアクティビティで収益が上がるのは素晴らしい。


濱田 その事業所はお昼ご飯の食材を良くしていました。作って売ることで自給的に食べるだけじゃなく、収益を出して高齢者や職員に還元する。そういう可能性もあり得るかもしれません。
中村 戦前、戦後直後とかは自給自足だったろうし、地方の高齢者はみんな農作業の経験があるんじゃないですか。


濱田 そうです。それから、こんなこともできるのではないでしょうか。例えば、デイの畑で農作物を収穫するときに地域の幼稚園の子供を呼んで、一緒に収穫したり。その子供が収穫した野菜を、今度は施設でじいちゃんばあちゃんが料理するとか。その料理を子供が食べるとか、そういったこともできると思います。施設と幼稚園の交流が生まれますね。デイで文化祭があれば子供たちがデイに来て、子供たちの運動会には高齢者が行くという関係に発展するかも知れません。
中村 高齢者の外出レクにさらに意味が出てくると。地域の人間同士で自然な関係だし、農というフィールドを使うことで実現する。ただ急拡大した介護業界は現役世代の貧困を牽引している。世代格差は見ていられないレベル。そんなうまくいくかな、という疑問はあります。


濱田 今の子供は核家族化して、高齢者との接点はとても少ないかもしれない。農村も大都市圏と一緒で若い世代が別居しています。子供にとっても高齢者とどう接するか、おじいちゃん、おばあちゃんに育てられた子供は確実に減っていると思います。子供たちは高齢者と接することで、困った人がいたら助けるんだよとか、当たり前のことを、教わる機会がもっとあっていいと思います。
地域と触れ合いながら農業を学んでゆく
中村 僕は障がい者福祉に詳しくありません。基本的なことで就労支援とはよく聞きますが、障がい者の方々が企業に雇用されることを目指すってことでしょうか。


濱田 農福連携のパターンとして、一つは障害者を雇用するというとのがあります。雇用なので最低賃金以上が保証されて雇用保険に入り、場合によっては福利厚生も付与。そこまでいかなくても、もう一つ、障がい者施設が就労支援するかたちでの取り組みがあります。例えば、忙しい農家とか、農業法人から施設が仕事を頼まれて、それを請け負う。
中村 施設のスタッフと障がい者が、依頼された仕事を現場で業務するわけですね。直接雇用じゃなくて、施設が農家などから業務を引き受ける。


濱田 農作業委託請負です。就労系の事業は大きく分けて3つあり、就労継続支援A型、就労継続支援B型、就労移行支援事業がある 。A型は雇用契約を結ぶ、それで賃金が発生する。B型には、その規約はありません。
中村 障がい者の方々は雇用されることを目指すわけですね。それで農業の仕事とは、すぐにできるものなのでしょうか。


濱田 いやいや、時間かかります。どの仕事も、たとえ健常者でもできるまで3年くらいはかかりますよね。同じです。農業だったら、自分で全部できるまでに10年とか。だから学びながら、できることから取り組んでいくといいでしょう。例えば、障がい者施設が農業を始めるときは、まず自分の施設で食べる物を作ってみる。スタッフはいろいろやっていくうちに調べて、知識も増えて慣れていきます。地域の農家に聞いたりしながら。
中村 テレビで観る程度ですが、どこの農家も機械を入れて作業を合理化している。出来上がった野菜や果物に対して、市場の評価も厳しいようだし、甘い世界ではないですよね。


濱田 自給の段階であれば、地域の農家さんに教わることができますね。あるいは農家さんとの関係がなかったら、各都道府県には農業技術センターという農業に関する様々な研究や指導をしている機関がありますから、そこへ問い合わせて聞くのもいいでしょう。また農協にも営農指導員という方がいるし、地域で様々な方々に教わりながら、また自分で勉強しながら農業技術を習得していくことが重要となります。
中村 自分の施設の畑の自給から始めて、農作業を覚える段階で地域に出て行く。時間をかけて仕事を一つ一つこなして、勉強をすることでだんだんと農業のプロになるわけですね。なかなか長い道のりですね。

農業は、障がいを持つ人たちの新たな居場所

濱田 それから実は、農家さんの家族に障害を持っている場合が結構あります。今、日本で知的障害、身体障害、精神障害は860万人います。その子たちには親がいますよね。大雑把に2000万人ですよ。だから障害者の問題は本当はとても身近なはずなのです。高齢者になっている要介護認定を受けている方は600万人。合わせると1460万人。家族を含めると、もう膨大な人数ですから。
中村 えー、860万人も。全国民の数パーセントじゃないですか。知らなかった。それはもう国民全員が関心を持って考えなければならない社会問題なのですね。社会保障の財源が限られていると言われる中で、地域から隔離するこれまでの障がい者福祉では、とても維持できないですね。


濱田 だから障害を持つ人たちに役割を持っていただき、そうした方々が働ける場が作れるのならば、それを手伝いたい人たちは多いのです。全国の障がい者施設の3、4割くらいは、現段階でなんらかの形で農業に関わっているというアンケート調査結果があります。特にこの4,5年で本当に一気に増えています。
中村 社会保障の限界という社会的な背景があるのと、濱田さんたちが農福連携を仕掛けていった効果もあるわけですね。


濱田 そうです。障害者自立支援法(現在、障害者総合支援法)が施行されて、障がいを持つ人たちは地域に出ることが推奨されるようになりました。それまでの障害者施設は措置制度、あなたはこういう障害があるから、この施設のサービスを利用しなさいって決められていました。
中村 介護保険と同じです。どのサービスを利用するか自分で選び、その代わり1割負担に。負担を求められると、障がい者の人たちも自分でお金を稼ぐ必要がでてきますね。


濱田 障害者自立支援法がキッカケとなって、就労支援に対するサービスを施設として強化する流れができた。その後に円高になったり、リーマンショックが起こった。それまで施設は惣菜を作ったり、パン作ったり、リサイクル事業したり、あるいは企業の下請け仕事が多かった。ところが円高やリーマンショックで、下請け作業はもっと賃金の安い海外などに流れてしまったわけです。
中村 新自由主義の弊害がそんなところにまで…。不景気と規制緩和で社会よりも、自分たちの利益が大切となり、その弊害が障がい者まできてしまったと。


濱田 一方で障がい者の働く機会をもっと拡充して欲しいと国から求められます。そんなときに身近に農業があった。農業サイドとしては働く人が欲しい、農業界はいろいろな担い手を探していた。外国人研修生など。そこに障がい者がどんどん加わっていったのです。
中村 なるほど。障がい者就労の現状と、国が大いに期待を寄せる農福連携の背景はわかりました。後半も、引き続きお願いします。
