「介護対談」第49回(後編)森 一成さん「社員は乗組員。一番大事なことは、その船がいったいどこへ向かうのか」

「介護対談」第49回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと森 一成さんの対談森 一成
社会福祉法人合掌苑 理事長。神奈川大学経済学部貿易学科を卒業後、プログラマーに。生命保険会社や銀行のプログラムを作成していた。合掌苑の創業者と親族に縁があり、1990年に介護職に転職。現在は東京都町田市にて「合掌苑金森」と「鶴の苑」、横浜市瀬谷区にて「輝の杜」という介護施設を運営し、訪問介護や訪問入浴等の在宅サービス事業も展開。シングルマザーの職員のためにシェアハウスを提供するといった社会弱者への事業が注目を集めている。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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社員は乗組員。一番大事なことは、その船がいったいどこへ向かうのか(森)

前編では、若い新卒介護職は高齢者を支えることによって人の役に立つ実感をしたい、という話でした。彼らの理想に近づけることが法人の役割だと。でも、普通に働いていれば、ある程度そういう実感は得ることはできるんじゃないですか。

中村中村
森

微妙ですね。目の前の作業をこなすことだけに視点がいき、日々やることで手いっぱい。時間に追われていて交代制勤務で、キツくて残業が多くて、休みもとれなくて、一日決められた作業をそつなくこなして、ローテーションを守るだけって、どんどん目の前のことだけになっていきますから。

意識が高かった人でも、日々のルーティンで初心を忘れて作業になってしまうと。仕事と割り切っていればそれでも良いと思うけど、これから人生が長く、理想のある若い子たちがそうなってしまうのはマイナスしかないですね。

中村中村
森

常に自分の人生とか目標を意識して仕事をする人って少ない。かつ、我々の仕事は“死んでいく仕事”。一生懸命やっても、どんどん死んでいくわけ。何のためにやっているのかってなる。そこで理念が重要になってくるわけです。何のためにやっているのか、立ち戻ろうってことです。

合掌苑には「人は尊厳を持ち、権利として生きる」という理念があって、人間を大好きになれ、微笑を絶やすな、感謝の気持ちを忘れるな、自分に適した食生活を守れ、という行動指針があります。

中村中村
森

仕組みを作るしかないですね。まずは理念の教育をちゃんとやる。新卒の子たちは今までは親の船に乗ってきた。それで親の船を降り、これから自分の船を選ぶ。今は港にいて船がいっぱいあって、どれに乗ろうかなって考えている。一部上場企業の豪華客船もあれば、小さな輸送船もある。

福祉系に進む学生は深く考えず、立地重視で近所の社会福祉法人を選ぶ傾向があると聞きます。逆に意識高い人は、声が大きい胡散臭いベンチャー経営者に引っかかってしまったり、なかなか最良の選択するのは難しいです。

中村中村
森

学生は何を基準に選ぶかというと、第一は自分に合うかどうか。私は、それは間違っている、といつも言います。何回も会社を訪問しようが、乗ってみないとわからない。自由に降りることができるし、何度も乗っても良いし、合わないと思ったら降りれば良いと。第二は、乗り心地はどうか。それも間違っていると言います。客としてではなく、乗組員として乗るわけで、それはどんな船でも変わらない。大きな船は揺れないけど、小さな船は揺れる。そのくらいの違いしかないじゃないですか。

確かに乗り心地はお客視点で、乗組員が言うことではないですね。

中村中村
森

乗組員として一番大事なことは、その船がいったいどこへ向かうのか。それから、一緒に船を動かすのはどんな人間か。それが大事。新卒の子たちには、そういう話をします。合掌苑がどこへ向かうのかを決めたのは私ではなく創業者。だから、創業の物語をしっかり話し、創業者が何をしようとしていたのかをしっかり伝えます。

子供を抱えたお母さんの採用を積極的にやっています(森)

このご時世でも、合掌苑は採用の面接を3回やって、3~4倍の採用倍率だとか。さらには求人広告費をほとんど使わず、口コミとハローワークで人が集まるというのは本当にすごい。

中村中村
森

採用担当者には、“良い人”と思わなかったら不採用で良いと言っています。昨今の介護業界全体の質が低下する理由は、選べない、落とせないってこと。原因がわかっているなら、選んでもらう努力をしないといけません。黙って待っていても何も起こらないですから。

選んでもらう努力と言ってもなかなか難しい。合掌苑は離職率が低く、さらに採用に力をいれていますが、具体的に何をしているのでしょう。一般的な事業所では、広告費を使わずに口コミとハローワークだけで人が集まり、適正がある人だけを厳選するとか、夢みたいな話です。

中村中村
森

子供を持つお母さんの採用を積極的にやっています。7~8年前、今までのやり方ではダメだと、採用戦略の方針を変えた。専業主婦はもういない、週2日~3日のパートは来ないと。これからは、今まで採用しなかった人たちを積極的に採用することなった。第一弾として開始したのが、小さな子供を抱えたお母さんをターゲットにした“マザーズ”という採用方針です。

終身雇用の崩壊や労働者派遣法改正で、男性の賃金がどんどん下落した。共稼ぎのダブルインカムでそれなりの世帯収入を維持しないと、家庭が維持できません。さらにシングルマザーの貧困は大問題になっていて、貧困率は50パーセントを超えています。

中村中村
森

マザーズで最初にやったのは、「10月の段階で翌年4月の採用条件で採用します」という取り組み。半年後の採用通知を出すというものです。理由は4月入所の保育園の申し込みは前年の11月に必要だから。それまで4月は新卒しか採用しない状況だったので、うちも含めて他でもお母さんは採用してもらえなかった。中途のお母さんが採用されるのは6、7、8月。その頃に採用されても、保育園の申し込みには間に合わない。そういう問題があったのです。

あらゆる人をターゲットに募集するのではなく、ターゲットを絞って相手の都合に合わせて募集採用すると。保育園不足は社会問題だし、全員丸くおさまるアイデア。それは実現すれば効果が出ますよね。

中村中村
森

マザーズの企画書を作ってハローワークに持ち込んだ。そうしたらハローワークの人が喜んで、相談係の人とかも全部呼んで説明会を開催してくれました。バンバン紹介をもらって採用につながりました。ハローワークで合掌苑は良い職場って評判がたち、地域で介護の仕事を希望するお母さんはたくさんうちに来てくれるようになりました。

日本初の社員寮型のシングルマザーシェアハウスを建築した(森)

森

でも、なぜかシングルマザーが来なかった。みんなダブルインカムのお母さんばかり。どうして?と思ったら、当時、シングルマザーはハローワークに来ていなかったのです。当時は失業率も高く、シングルマザーはどうせ採用されないと思っていた。シングル同士の独自ネットワークで探していた。それではいつまで経っても介護業界に来てもらえない。そこで“アドバルーン”をあげようと、シングルマザーの“シェアハウス”を建築したんですよ。

実は近隣だったので対談前に見せてもらいました。大きな一軒家で驚愕でした。建築費は6,000万円だと。営利法人では考えられないとんでもない福利厚生です。社会福祉法人ってそこまでやるのかと。

中村中村
森

ようやく今月末から入居で、5世帯でバス・トイレ・キッチンを共有、10畳の部屋を1家庭の専有にして暮らす。日本初の社員寮型のシェアハウスですね。しかし、入りたい人はたくさんいたけど保育園の問題があった。希望者がみんな市外の人で、保育園は市内の人でも全然入れない状況。シングルだから転居と同時に保育園に入れないと働けない。それでつながらなかった。

家賃3万5,000円、光熱費1万円で月4万5,000円の負担。施設のすぐ近くなので移動時間がかからない。貧困問題の中では住宅費の高負担が一番問題とされていて、入居して働くことですべてが解決になる。

中村中村
森

今までのパートは年収200万円を少し超えるくらい。シングルの人たちは年収200万円を切ると生活困窮、300万円を超えると生活が楽になる。しかし、シングルで300万円をもらえる仕事はまずない。そこで、月20万円を超える給与体系を作ろうってことで、限定正職員という制度をつくりました。正職員扱いにし、時給は1,200円スタート。土日の出勤義務、夜勤もありませんと。プラス家族手当で子供1人につき3万円を払いますと。3人いれば9万円、そういう形にすると、平均300万円を少し超えます。

夜勤なしの昼職で働きやすくその額の給料となると、それはハローワークから紹介がたくさん来ますね。

中村中村
森

お母さんやシングルの女性はちゃんと働いてくれるので、その金額を払っても成り立ちます。代わりに、使えない中途を採用しなきゃ良いだけ。うちは夜勤が夜勤専従で、その従業員だけが夜勤をやる。これもお母さんやシングルの採用を考えて、昼夜完全分離に態勢を変えました。もう5~6年くらい経ちます。夜勤専従は年収430万円くらいになります。それでも、人件費は以前と変わらないですよ。

働きやすい環境を整えれば、当然ですが離職者は減る。人も集まってくるので他事業所では膨大にかかる広告費、人材派遣への報酬がかからない。余計なお金が出ていかないので職員に回る。それでキャリアや経験が蓄積される。高齢者も幸せになって、職員も満足すると。壮大な好循環です。

中村中村
森

そうなると職員は一生懸命働いてくれますよ。一生懸命やってくれるから稼働もよくなりますから。

役所で足りないところを無料でやる。それが社会福祉法人の勤め(森)

それと合掌苑は、地域包括ケアシステムに力を入れています。具体的には何をされているのでしょう。

中村中村
森

うちは相談窓口が非常に多い。高齢者支援センター、障がい者支援センター、居宅支援事業所とか。この地域では中核的な組織です。今までは高齢者が弱るのは仕方ないこと、最後は死んでもしょうがないって考え方だった。安楽に日々を暮らしてもらって、なるべく無理はさせないほうが良いというのが介護だったのが、今は元気になってもらうという指針が出た。その指針に乗ってオムツも外してもらってなるべく離床して、ということを始めたのが大きなキッカケですね。

相談が多くて情報が集まる。ショートステイなど在宅部門を充実させて、病院から退院し、在宅には戻れない人たちを受ける。施設で元気にし、そこから在宅に戻ってもらうみたいな試みですか。

中村中村
森

他には安心サロンといって、先代理事長が持っていた家を地域に無料で開放しています。地域の方々が麻雀とか、絵手紙クラブとか、お花とか。いろいろやっていますよ。役所管轄の施設が全部有料で使いづらいので。

役所が足りないところを、無料でやるのですか。

中村中村
森

それが私たちの勤め。社会福祉法人は税金を払わない。「どうして社会福祉法人だけ税金を払わないの?」って中で、うちは利益25%を地域福祉積立金として計上し、地域のために使いますって明言している。用途をオープンにして、地域の人に審査委員になってもらっています。一番はユニバーサル就労という、高齢者や障がい者の雇用。全然仕事ができなくても雇って、最低賃金を支払っていますよ。それで年間1,200万円くらい。あとは地域の団体やボランティア団体に上限10万円/年で助成をしています。

地域のために年間1,000万円単位でお金を使われているんだったら、ガチの社会貢献、地域貢献ですね。社会福祉法人は独自の社会貢献活動をしなさいと言われていますが、そこまでやるのですね。すごい。

中村中村
森

マザーズ、シングルマザーの雇用は大成功した。でも、これからはそれだけでは足りない。外国人の雇用は避けて通れない。我々が率先してしっかりやっていかないと、と思いますが、今のやり方には賛成できません。この状態で外国人介護職を受け入れたら、介護残酷物語が起こります。技能実習についてはひどい制度のところが多い。特に、売り込みに来る管理団体がかなりひどい。向こうの送り出し機関はもっとひどいところも多い。もはや人身売買ですよ。

技能実習制度での外国人介護職の受け入れた昨年法案が通過して、政府や与党が率先してやっています。与党は何を血迷ったのか、外国人介護職に関しては介護業界で有名なブラック経営者を右腕にして進行中です。彼らは自分の利益のためなら手段を選ばないし、このままだと将来的に国際問題を引き起こしますよ。

中村中村
森

うちは事業協同組合を持っている。そうさせないためにも、なるべく中間団体とかと関わらずに受け入れることができないか、動いています。町田介護ネットワーク事業協同組合という介護事業者でだけで構成された日本で初の事業協同組合があって、すでに17年目です。その組合を使って技能実習の受け入れをやります。

危険な中間団体を飛ばすことができる仕組みがあるのですか。素晴らしい。それはどこの地域でもやるべきですね。

中村中村
森

EPAは政府の機関を通さないとできませんが、技能実習制度は日本側の管理団体と現地の送り出し機関のやり取り。日本の技能実習機構から認可さえもらえれば、利権に群がる連中とは関わららないで外国人実習生を受け入れることができます。

素晴らしい。何とか成功と、その一般化を。さらに、外国人介護職を受け入れたい全国の介護事業者に広がるような前例になることを願っています。一部の人間が儲かるための奴隷貿易だけは、どうしても避けてほしいです。

中村中村
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