「介護対談」第33回(前編)小清水一雄さん「外国人介護職から刺激を受ける部分はたくさんある」

「介護対談」第33回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと小清水一雄さんの対談小清水一雄
法政大学経済学部を卒業後、大手建設会社や人材関連ベンチャー企業などの勤務を経て医療法人健育会グループに入社した。有料老人ホームにおいて立ち上げや施設長を経験し、その他、介護老人保健施設の事務長などを務める。現在は、特別養護老人ホーム、通所介護、訪問介護、居宅介護、グループホームなど経営全般を統括する施設長(COO)に従事。EPA介護福祉士候補者を2008年(初年度)より延べ9名受入れ、そのうち4名は介護福祉士の資格に合格した。施設にはインドネシア・フィリピン人スタッフを4名起用しており、今後はベトナム人スタッフを受入れる予定も。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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外国人介護職から刺激を受ける部分はたくさんある(小清水)

小清水さんは社会福祉法人不二健育会特養老人ホーム・ケアポート板橋の施設長です。数年前の第二回介護甲子園で優勝など、有名な施設で活気がありますね。外国人介護職の受け入れを積極的に行われているとのことで、事業所に伺わせて頂きました。

中村中村
小清水小清水

現在は4人いまして、もう少ししたら1人再入職があり5人になります。平成20年からEPA経済連携協定の枠組みの中で、インドネシアから4人、フィリピンから5人の受け入れをしてきました。

EPA経済連携協定とは加盟国間で物流だけでなく、人の移動を緩和する経済政策です。平成20年にインドネシア、平成21年にフィリピン間で連携が始まり、ケアポート板橋はすぐ着手したことになりますね。まず外国人介護職を受け入れようという理由は、なんだったのでしょうか。

中村中村
小清水小清水

キッカケは理事長の意向です。理事長は経済同友会の医療改革委員長を務めていた中でとりまとめた「医療先進国ニッポンを目指して」の中で、少子高齢化が進行する日本には海外からの医療介護従事者が必要じゃないかと。将来を見据えて平成16年に提言して、最初はフィリピン留学生を受け入れた。実際に外国人に介護ができるかを試しました。大丈夫だ、相性もいいとなって平成20年からEPA事業が始まり、法人が手を挙げた流れになります。

80年代。水商売に流れていることで社会問題になりましたが、日本はフィリピン女性を芸能職で受け入れ、おそろしく評判が良かった。普通にケア職は向いているでしょうね。始まりは自社の人材不足とか目先のことではなく、常に日本の将来を見据えている財界からの提言で始まったわけですね。

中村中村
小清水小清水

EPA経済連携協定の本来の目的は、提携国との関係緊密化による国際交流。その枠組みの中でフィリピン、インドネシア、日本が連携した。当然、人材不足という部分は本音ではありますけど、本来の目的は国際交流にあるので、うちではその理念は意識しています。

まあ、人材不足じゃなかったら、わざわざ外国の方にお願いしないでもいいことですし。国民に納得してもらうためにも、国レベルの本音と建前はどうしても出てきます。

中村中村
小清水小清水

我々もフィリピン、インドネシアの方々と一緒に仕事をしながら、お互いに刺激しあって経験を積んでいる。日本はどうしても島国なので閉鎖的、英語が共通言語にならなかったり、自国語しか喋れないのが一般的で外国の方のほうがグローバルです。彼女らに刺激を受ける部分はたくさんありますね。

生活、勉強、介護の仕事にそれぞれ担当職員をつけて、その担当者が教えている(小清水)

EPA経済連携協定の介護分野は、昨年議論されて法案が国会を通過した技能実習制度と全然違いますね。4年以内に介護福祉士を取得できなければ帰国というルールがあり、EPA介護福祉士候補者(以下「介護者」)は大変厳しいだろうなという印象です。

中村中村
小清水小清水

厳しいですね。受け入れた我々は、日本語と介護福祉士試験の勉強を教えなければなりません。介護報酬でも介護福祉士の配置が多いと、加算をもらえるので事業所としても介護福祉士にはなってもらいたい。候補者には生活、勉強、介護職としての仕事の3つのフォローが必要になります。

生活全般をフォローした上に、介護の仕事を教えて、さらに日本語と介護福祉士試験の勉強を教えるんですか。そうなると、受け入れた事業者はとんでもなく大変ですね。労力は日本人職員を育成する比じゃないですね。

中村中村
小清水小清水

生活、勉強、介護の仕事にそれぞれ担当職員をつけて、その担当者が教えています。一年目は現場で仕事をしながら、とにかく日本語を覚えてもらう。介護福祉士の試験が日本語ですから、まずは日本語の理解です。外国人用にはルビをふってくれたり、時間が延長されたり、若干の緩和はあるのですが、基本的に同じなので。

単身で外国へ渡航し、外国の国家試験を働いて自分の生活を支えながら取得するって、並大抵のことではない。受け入れ先の事業所の全面的な協力がないと、とても実現できないですね。

中村中村
小清水小清水

そうです。まずは日本語を習得、2年目からは少しづつ介護福祉士試験の勉強して、3年目にラストスパートです。75点程度が合格ラインなので、なんとかその突破を目指します。日本語、介護福祉士試験の勉強を繰り返し、繰り返し、候補者たちは勉強してやっています。

EPAは国際交流が建前ではなく、本当にそうなのですね。離職が低くて人材が安定して、財務状況がよくて、国際交流するという意識がないと、とてもそこまでできない。人材不足の事業所が手を挙げても、候補者が順調に介護福祉士合格するのは無理っぽい。

中村中村
小清水小清水

EPAの受け入れの枠組みの趣旨でもある国際交流は、彼女らも意識している。インドネシアの方には地域の文化交流でバリ舞踊を踊ってもらったり、フィリピンの方は元システムエンジニアだったので、法人のIT系の仕事も手伝ってもらっています。もう一人は元英語教師で、隣の保育園に月1で子供たちに英語を教えに行っていますね。

日本に来る理由の共通点は家族を支える意識(小清水)

2008年のEPA発足当時、日本語の介護福祉士試験を合格できなかったら帰国という厳しい条件を報道で聞いて、向こうの上流層が候補者として来日すると思っていましたが、やっぱりそうなのですね。これから始まる外国人技能実習制度とは全然違う。

中村中村
小清水小清水

そうですね。大学卒業とか看護師資格を取得しているとか、そういう自国では上の層の女性たちが来ています。条件がかなり緩和されている外国人技能実習制度では、もっと中流というか普通の方々が来ると思います。

彼女たちが日本に来る理由はなんなのでしょう。自国にいれば仕事もあって、家族や友達がいるのに。

中村中村
小清水小清水

まあ、賃金が一番でしょうね。日本に来たいのです。物価で言うと5~10倍くらいの違いがある。日本の初任給が20万円だとすると、向こうは4万円とかですね。彼女たち、ほとんど全員が毎月5万円程度は仕送りしていますよ。

常勤での仕事に勉強をしなければならないから、遊ぶ時間はないですね。無駄使いせずお金になる、勉強できる、環境がいい、大きな金額を仕送りできる、確かにそうなると多くの人が来たがるのは理解できますね。

中村中村
小清水小清水

質素な暮らしをしているかといえば、人によって。お弁当作ってくる人もいるけど、普通にマックへ行ったり、コンビニで買い物していますよ。今では休みの日に温泉に行く人もいます。だいたい長女が多くて、家族を支えるみたいな意識があるのは共通していますね。

候補者の住居はどうしているのでしょう。

中村中村
小清水小清水

EPAは日本人と同等の給与、待遇がルール。日本人と同じように住宅手当1万5000円を支給しています。法人でいくつか部屋を見繕って、選んでもらって近くのアパートに住んでいます。この辺の家賃はワンルーム5、6万円、でもほとんどの子が選ぶのは近隣の東京都板橋区じゃなく、1万円以上相場が安くなる川を超えた埼玉県戸田市を選ぶ。戸田から自転車で通っていますね。

外国人を受け入れたいという事業者が急増しているので競争率が高いです(小清水)

2025年問題があります。実践されている小清水さんに聞きたいのですが、やはり2025年までには外国人を介護現場にたくさん入れないとまわらないのでしょうか。

中村中村
小清水小清水

厚労省は不足数38万人と出していて、実際にはもっと多い。それは日本人だけでは無理でしょうね。外国人技能実習制度がどういう結果となるか未知数ですが、現場職員の一定数が外国人になるのではないでしょうか。

EPA経由で来たインドネシア、フィリピンの職員は厳しい条件をクリアしている。介護福祉士でさらに能力が高いわけで、二か国語、三か国語を習得している。普通に考えて膨大な人数を束ねる外国人介護職のリーダーとか、さらに上のマネジメント職とか、そういう人材になってきますね。

中村中村
小清水小清水

現段階ではそこまで考えていないですが、今後外国人が増えてくれば、自然とそうなっていくでしょうね。さらにフィリピン、インドネシアとの懸け橋になってもらって、国のほうでもやっていますが、介護分野の輸出にもかかわってくるかもしれません。本国へ帰って日本で覚えた介護を自国で活かしてくれるのもいいですし。

別の事業所から聞きましたが、最近外国人ではベトナムの人気が高いようですね。ベトナムとは少し遅れて平成26年から経済連携協定は始まっています。

中村中村
小清水小清水

ベトナムはうちも昨年手を挙げたのですが、人気が高くて受け入れできませんでした。EPAに手をあげると、候補生と事業所をマッチングしていく。今までは獲得するまでは容易だったのですが、今は全国的に人手不足が深刻。受け入れたいという事業者が急増しています。

介護業界は数年前と比べると、明らかに人材不足。外国人受け入れを決断する事業所が増えるのは当然でしょう。ただケアポート板橋の話を聞いていると、とても人材不足の事業所ではEPAが望む候補者へのフォローはできそうにありませんが。

中村中村
小清水小清水

ベトナムが人気の理由は、日本語検定N2の合格者、日本語習得の基準が高いのです。だから日本に来る段階で、すでに日本語ができる。それで事業者が殺到しているのですね。実績あるうちが獲得できなかったくらいなので、本当に競争率が高いです。

ケアポート板橋が候補者に対して素晴らしい取り組みをしていることはわかりました。人手不足が理由の事業所が増えることで、ルールに従えなかったり、候補者へのフォローが足りない事業所がでてくることがこれからの問題になりそうですね。

中村中村
小清水小清水

やっぱり現在でも問題ある事業所はあるようで。国際厚生事業団 JICWELSというEPA介護福祉士候補者のあっせん等の業務を行う日本の唯一の受入れ調整機関があるのですが、そこに駆け込む候補者は存在します。日本語と介護福祉士習得の勉強のフォローをしなければならないルールがあるのですが、事業所はまったくなにもしてくれないと。

事業所が安定してないと、人の支援なんてできないですからね。現場の介護に著しく偏る事業所が出てくるのは、ある程度は仕方ないことでしょうね。

中村中村
小清水小清水

勉強する時間を設けなさいというルールがある。ケアポートでは、週1日は勉強の日です。日本人と外国人は公平と言われているのですが、そこだけは公平にできない。なので、一般職員にEPAの取り組みの説明会をして納得してもらっています。事業所全体で彼女らを支援することで「学べる施設」というテーマができ、日本人にも同様の研修をするようになりました。それから介護福祉士取得の比率がどんどんと上がって、今は全職員の80パーセントを超えるまでになりましたから。

異国で厳しい条件に挑む外国人が身近にいることで、一般職員の意欲も変わってくるわけですね。環境で人間は変わるので納得の結果ですね。後半も引き続きお願いします。

中村中村
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