「介護対談」第46回(前編)糠谷和弘さん「情報を先にキャッチしその対応策をお伝えできる」

「介護対談」第46回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと糠谷和弘さんの対談糠谷和弘
“介護経営戦略”を謳う(株)スターコンサルティンググループの代表取締役。大学卒業後に大手旅行会社に就職した後、(株)船井総合研究所に入社。介護保険が施行となった当時から介護専門のコンサルタントとして介護に特化したコンサルティングに従事して積み上げてきた知見は随一で、介護業界で数多くの介護事業者のサポートに注力。テレビやラジオなどメディアへも多数出演する他、その著書「あの介護施設にはなぜ人が集まるのか」は介護事業所の運営におけるバイブルとしても有名。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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利益を出すための経営のポイントは「選択と集中」(糠谷)

社会保障の縮小で、だんだんと介護保険事業所経営は厳しくなる。今回を乗り切っても、またすぐに3年後がくる。法人が大きいと粘りようがあるのでしょうか。零細事業者が苦しくなると、前半でも言った冷暖房撤去とか、おかずは梅干し1個とか、そういう生き残りになりそう。凡人は節約にいきがち。

中村中村
糠谷糠谷

単価が下がる中で、スケールメリットを生かすことが重要になります。一つひとつの単体の事業が大きいか小さいかは別として、組織として大きい方が有利でしょう。都心だと一つの事業を大きくすることはできないかもしれませんが、例えば18名定員のデイがポツンとあるより、近隣に数ヵ所やっていく方が管理コストは下がる。だからこれからは、法人が組織化できているかが一つ重要なポイントになりますね。

前回改定でデイサービスは減った。そして、次改正からは零細法人が減るってことですか。法人が大きいほど請求も採用も仕入れも有利、コストは下がります。

中村中村
糠谷糠谷

また、報酬が下がる中で利益を出すためには、法人は事業所ごとにメリハリをつけていくべきで、食事にはこだわるけど、それ以外のサービスは勘弁してほしいとか。食事は普通だけど、自分で外出できるようになるためのリハビリはしっかりやりますなど。すべてのニーズに応える余裕はなくなりますが「選択と集中」で、うちはこの部分を約束しますという視点が必要。そこが経営のポイントになってきます。

500m圏内、2km圏内で一番を目指していくという。特定のテーマで“地域一番”を目指すという伝統的な経営法ですね。最近は飲食店が顕著ですが、地域一番店以外は見事に潰れている。

中村中村
糠谷糠谷

難しいのは、他の業種業態みたいに自分で値決めができない。それはひとつのネックで、1万円のものが1万円にしかならない。そういう中でなにかに満足していただくならば、何かを我慢するという方向でバランスをとらざるを得ないです。特徴づけは本当に重要で、すべての項目で平均点以上を目指すと中途半端になって活性化はしないし、お客さんは満足しません。何かに集中して高得点を目指す経営が必要です。

介護事業所は異業種の経営者が多いわりには、自分の能力を封印して介護福祉に合わせている印象がある。それでは地域一番にはなれませんね。例えばエンタメ出身の僕がやるならば、男性高齢者専門にして酒、女、ギャンブルと刺激物まみれにするとか。一日中、くだらない与太話をすることが自立支援と主張する。今までの蓄積と人脈があるので、倫理的な問題はありそうですが、どう考えても2km圏内の一番店はいけます。

中村中村
糠谷糠谷

「特徴づけ」とは何かというと、簡単にいえばどこを頑張るか決める。約束した部分については現場の専門性を最大限に発揮する。極端に言うと「うちは“幸せな看取り”を約束します」となれば、看取りの専門性を発揮してもらって、それを外に発信する。そういうやり方をすることです。

ニーズをひとつに絞ったら、高品質のサービスが提供できるかもしれない(糠谷)

飲食店と同じような競争に晒されるなら、経営者や管理者はもちろん介護職ももっと自由になる必要がありますね。介護とか福祉は同調圧力が凄まじいし、抑圧された環境で特徴づけるのは一部の既成の価値観を除けば至難の業ですよ。役所が怒るようなことをしないと。

中村中村
糠谷糠谷

介護の仕事は、究極にいえば「幸せ探し」だと思っています。会社でいえば社長、施設でいえば施設長に集う人たちが、それぞれのお年寄りにとっての「幸せ」にチャレンジすることが「介護」という仕事だと思っています。

「幸せ」を提供みたいな抽象的な言葉を使うと解釈によっては過剰介護への同調圧力になりがちなので、もっと具体的に聞いていいでしょうか。

中村中村
糠谷糠谷

私は、高齢者が要介護になった後の人生を「第二の人生」と呼んでいます。健康で何でも自分でできた「第一の人生」と、介護者のサポートを受けての「第二の人生」では生き方や考え方が違うわけです。「第二の人生」を幸せに生きて、そしてちゃんと最期を迎えないといけない。要介護になったからといって、ただ生きながらえるだけではいけません。それをサポートするのが「介護」だと思います。

要介護高齢者が現役時代と同じ価値観でいると、かなり生きづらいでしょうね。誰かの助けがないと普通の生活ができないわけだから。

中村中村
糠谷糠谷

そこでどんな“在り方”が幸せかと考える。しかし、難しいことに当事者に聞いても自分の希望を明確に伝えられない人もいます。そこで、まずは介護をする側が作り出していかないといけない。「こういう過ごし方、暮らし方を私たちはして欲しいと思っているが、どうだろうか」と。それに共感してくれるなら、ぜひうちを使ってくださいってことかなと。

たしかに高齢者が要介護の状態になったとき、「自分はこうしてくれれば幸せ」とニーズ伝えるのは難しいでしょうね。介護事業者がこうしてあげたいと提案して、惹かれた利用者がそれに乗ると。ただ、「幸せ」みたいな言葉は無限だし、現状維持でさえ厳しそうな介護保険制度とズレてきますね。

中村中村
糠谷糠谷

「介護」が最低限の生活を維持する作業だと考えると、介護職にとっても“やりがい”に繋がらないし、これだけ施設がある中で選んでもらえる施設にもなり得ない。そこで先ほど話したメリハリ。「なるべく長く歩きたい」幸せもあるだろうし、「美味しいものを食べて過ごしたい」、それもひとつの幸せ。最低限の制度の中で一通りの介護はしますが、すべての「希望」や「ニーズ」を叶えることはできないかもしれない。でもひとつに絞ったら、高品質のサービスが提供できるかもしれない。そういう考えです。

新人教育は“型”にはまったプログラムがあった方が良い(糠谷)

介護職は介護保険以降に人材を流出させ過ぎたし、決定的な不人気職となってしまった。高齢者の幸せどころか、彼ら自信がすごく不幸に見える人が多い。「幸せ探し」という介護の理念は素晴らしいと思いますが、その通りに上手くまわる姿が想像つかないです。

中村中村
糠谷糠谷

介護職が不幸かどうかは別として、人に幸せを提供するのに、自分が幸せじゃないとできないというのは違うと思っています。それだと、高級ホテルで働けるのはそこに泊まれるクラスの人だけという考えになります。例えば「うちの施設では“歩ける人生”という部分で貢献していこう」と。歩く人生と、歩けない人生はどちらが良いですか。そういうミクロな幸せは、ちゃんと機能すれば介護事業所でも十分に叶えられるでしょう。

限られた報酬の中で施設の方向性を決めて、組織を作る。高齢者に提案して共感してもらい、職員を集めて教育し、サービスを提供する。簡単にいえば一言で済むことですが、大変な道のりですね。

中村中村
糠谷糠谷

申し上げたことを現場でやっていくためには1日8時間勤務の中で、どんな勤務体形にして、どういう風にサービス提供をして、医者も専門職も少ない介護施設の中でどうやっていけるかを考えなければいけない。継続的に高品質のサービスを生み出していける組織を作る必要がある。それをサポートするのが我々、コンサルタントです。

人材は数年前と比較すると、仕事に対する意識とかスキルという意味で数年前とは比較にならないほどレベルが下がっているといろんなところで耳にします。介護福祉士の資格も担保にならなくなっているし、崩壊状態と言っている人もいる。

中村中村
糠谷糠谷

事業所が増える中で、新しく介護現場に入る人は少ない。水で薄まった感覚はありますね。私が介護現場を最初に見たときは、職人みたいな方々がたくさんいた。気持ちが熱くて、パワフルな介護職人がたくさんいて、その場をどんなことがあってもしのいでいくみたいな。でも、そうした古き良き時期には戻ることはできないと思います。

現在、介護現場に入職するのはキャリアが途切れた中年を中心にして、シングルマザーとか。それと保守的で性格が優しい真面目な若者、ソーシャルワークに少し興味ある意識高い系とか。そういう人たちです。

中村中村
糠谷糠谷

ちょっと介護に興味ある、って人たちが入ってくる。彼らはガツガツと一人で解決していくタイプではないので、最初は型にはめるような教育が必要じゃないかと思っています。でも多くの介護現場はその型を持っていません。いきなり職人的に「先輩の背中をみて覚えなさい」という文化がある。教育を受ける新人の意識と、教えるベテラン介護職とのギャップはありますね。

入職者の性格と現状の教育や研修が合ってないんですかね。人員もお金もないので、教育とか研修に手がまわらない事業所はほぼでしょうね。優秀な人を見て適当に覚えて、となってしまう。それではダメなんですね。

中村中村
糠谷糠谷

最初からいきなり「考えさせる教育」をするのではなく「この通りにやってくれ」というような“型”にはまったプログラムがあった方が良いですね。マニュアルで教えた方が、意識が低い人でも短期間で戦力になりやすい。介護現場でどれくらいの期間で一人前になってほしいかというと、3ヵ月と答える施設が多いです。その3ヵ月の過ごし方が濃密かそうでないかでまったくその後の伸び方が違います。

「1日目はこれを学んで2日目はこれ、1ヵ月でこの検定をして」みたいな階段を作るのは、そういう文化がゼロの事業所はとても誰かに手伝ってもらわないとできないですね。個人的には、そういうリーダー的な人材の育成は専門学校が担ってほしい。

中村中村

がっつり現場に入って、膝突き合わせて、仕組みづくりをします(糠谷)

糠谷糠谷

施設長になっていくのは現場上がりの方が多いです。介護スキルや相談業務のスキル、利用者さんとのコミュニケーションをかわれて上にいく。介護リーダーもスキルありきで、相談員もそう。その上に立つのが施設長。だから、施設長クラスは介護については「職人的」に素晴らしいかもしれないけど、上に立った瞬間、新人教育どうするのとか、会議はどうするんだとか。そういうマネジメントに関する教育はほとんど受けておらず、手探りでやるわけです。

小さいコミュニティーのお山の大将になってしまって、どうして良いかわからないまま、自分流になってしまうと。自分がしてきた道を下にも要求するだろうから、時代にあっていなければ上手くいかないし、最悪の場合は崩壊しちゃいますね。

中村中村
糠谷糠谷

現在、介護業界にはいる人たちは、その彼らより意識が低くなっているので着いてこない。だからギャップがある。そこで、施設長に丸投げするのではなく、法人、会社がプログラムを準備して、教育の階段を作っていく必要があるんです。

なるほど。聞けば聞くほど、問題は山積みです。どう切り抜ければ良いのでしょうか。

中村中村
糠谷糠谷

介護事業者がそのことに気づき、能動的に動いてもらわないと何も始まらないですね。気づけば本で勉強するとか、セミナーに出るとか、我々のような専門家にアクセスしても良いし、方法はいくらでもあります。まず気づかないと改善はできない。それは重要なポイントで、やっぱり新しい産業なので、経営的な感覚が不足している経営者が少なくないのも課題です。

制度はどんどん変わるし、人手不足だし。第三者が入らないとちょっと難しいですね。優秀な方に限りますが、コンサルの重要性がわかりました。少なくともそこまでの改善は、僕には単独では無理ですね。そういう零細経営者は膨大にいるでしょう。

中村中村
糠谷糠谷

我々だけじゃなくて、いろんな人がいる。社内で作れないのであればノウハウをお金で買うことはひとつの方法ですね。私たちコンサルタントは、外から来て上から目線で、偉そうにアドバイスして帰っていく感じではもちろんないですよ。がっつり現場に入って、膝突き合わせて、仕組み作りしますからね。はは。

いろんな介護コンサルがいますが、糠谷さんは経験も豊富ですし、事業者からの信頼がかなり厚いことがわかりました。今後も期待しています。今日はありがとうございました。

中村中村
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