

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
周りの同世代の意識が復興支援や国際協力のことばかりで、日本の高齢化問題に向いていないことには、とても問題意識を感じました(秋本)
中村 介護職の大きな問題の一つとして、日常が閉塞しがちなことがある。生活が家と施設の往復だけになって、フェイスブックを始めても友達が10人しかいないみたいな。さらに人間関係が荒れている職場だと、そこで出会った人たちと二度と会いたくないってなる。20代でそういう無駄な時間を過ごすと、人生に悪影響を及ぼすと思う。そこで「HEISEI KAIGO LEADERS」みたいな第3のコミュニティは、本当に必要。広い視野で自分の状況なり、レベルを知ることができるからね。


秋本 自分の仕事の価値を現場の中で、自分で見出すのって難しいです。日々の業務が忙しくてルーティンワークになりやすかったり、そもそもこの仕事がどれだけの価値や可能性があって、外に出ない限り地域の中でどんな活躍が求められているのかを知らなかったりします。第3の場でその情報に触れることで、自分の今やっている介護ってこんなに可能性があるって知ることができますから。
中村 そういえば、この介護対談にも出てもらった神奈川県藤沢市・あおいけあの加藤さんをイベントに招いていたね。介護の可能性を自分の職場ではわからないのは、そもそも黄色信号な状態だけど、イベントの写真だけで活気は伝わってきた。


秋本 盛り上がりましたよ。加藤さんは、「介護職の仕事は高齢者のお世話をするのではなく、自立支援。地域で高齢者が暮らし続けるための環境をデザインするのが仕事」とおっしゃっていて、事例を話してくれたのですが、前に座っている男の子たちの目がどんどん輝いていくのが印象的でした。自分の仕事の面白さや可能性を知った瞬間です。
中村 現場で働く日常に刺激がないのかな。僕の仕事のライターとか編集者もそうだし、ITとか建築とか不動産とか、車でも旅行会社でも、どんな仕事も環境をデザインすることはできる。その男の子たちは介護に限定するのではなく、好きな仕事すればいいのに…って思っちゃう。


秋本 そういう情報に触れることで、初心に戻ってまたやる気を出せるわけです。ただすぐに自分の現場で実践できるかと言われるとそうではないので、きっとモヤモヤする。介護という仕事に対して、そういう違和感を覚えた人たちが、いかに行動を起こしていけるかがとても大切だと思っていますよ。
中村 そのモヤモヤが心配。30歳までになにか結果を出さないと手遅れになるんじゃないかな。で、その行動を後押しするのが、「KAIGO MY PROJECT」というプログラムなわけね。


秋本 そうです。結局、想いを抱いても、行動に移さないと何も変わらない。ただ行動に移すどころか、思っていることを言葉にするのも難しい環境がまだまだたくさんあると感じています。KAIGO MY PROJECTを通じて、自分の想いを否定されずに聞いてくれる環境や、共感が集まるような安心できる場さえあれば、人は自然に行動に移すことができる、と学びました。
中村 でも、若い子たちが社会貢献したいと思う理由って、どんなことなのかな? 介護業界を見ていると、高齢者と若者の世代格差は見ていられない。例えば、団塊世代は現役時代に豪遊三昧で、貧困が蔓延する今の若い子たちの経済的な状況とは大違い。様々な赤字を若者に押しつけ、さらに一部の悪質な介護事業者は高齢者を敬う文化の話を持ち出して、多くの若い子たちは低賃金でブラック労働でしょ。違和感だらけだよね。


秋本 社会貢献欲が強いのは、震災の影響もとても大きいと思いますよ。元々世代的にも言われていましたが、震災後一気に火をつけたように思います。ただ一方で、周りの同世代の人が社会のためって言っている先にあるのは、復興支援や国際協力のことばかりで日本の高齢化問題に向いていないことには、とても問題意識を感じました。
高齢者を利用してどれだけ稼げるかということより、高齢者がいかに元気で暮らせるかを考える方がモチベーションが上がる(秋本)
中村 秋本さんは「若者を介護に」ってことをしばらくやっていたけど、個人的にはよくそんな残酷なことができるな、って思っていたんだよね。平均賃金はデータ上では年収100万円違う。いい大学とかの子だったら200万円くらい違ってくる可能性がある。一般企業との生涯賃金の差額は簡単に計算しても、4800万円~9600万円だよ。これは大きすぎる。十分人生を左右する金額だよね。


秋本 一概に給与が低いから残酷だと言えるんでしょうか?介護職より賃金が高くても身を削るように働いている人もいますし、先ほどブラック労働の話がありましたが、決して介護全体がそうだとは私は思いません。職員の健康のことを第一に考え、夜勤は最大月4日まで、休日は年間110日などと、介護という働く人が大事な仕事だからこそ、しっかりした体制をとっている企業も増えて来ているように思います。
中村 一般的に、収入が低い人生は惨めでしょう。結婚して子供が生まれたら、その子供にも大きな影響を及ぼすし。正直に言うと、秋本さんには執拗に若者を介護に誘うイメージがあって。去年、介護報酬の大幅減額もあったし、その声だけになるとまずいなと思っていたんだ。そんなとき、たまたまファッション誌「SMART」に取材されたから、“若者よ、介護職を今すぐ辞めて生産性のある仕事に就け!”って発言した。低賃金は人生を潰す可能性があるからね。


秋本 何が幸せで、何が不幸かはもう一度問い直してみても良いのではないでしょうか。例えば極端な話、高齢者を利用してどれだけ稼げるかということより、高齢者がいかに元気で暮らせるかを考える方がモチベーションが上がるというか。まったくお金が欲しくないわけじゃないけど、海外旅行したいとか、ちょっと贅沢してみたいときもきっとみんなあるけど、毎日じゃなくていいんです。それよりも、ちゃんと人と繋がるとか、誰かのためになっているかとか、そういう方に価値を感じます。それは世代なのかな?
中村 年齢だろうね。夢があるんだよ。稼げない、貧乏ってことがどれだけ惨めか、みんな10年後にはわかると思うよ。誰かのためになっていれば、必ず未来は拓けることは確かだけど、現状が低賃金で納得いっていないならば、絶対に結果を出さないといけないね。さっきも言ったけど、リミット30歳でしょう。


秋本 そういえば、加藤さんをお招きしたイベントのとき、「自分のトップゴールは?」と目標を問いかけました。そのときは、誰一人として「お金持ちになる!」みたいなのはなかったです。
介護業界を良くしていくって公言するなら、厳しくて、嫌な現実があることは踏まえないと(中村)
中村 せっかく話に出たので、介護職の低賃金問題はどう思っているのか聞いてもいいかな。厚生労働省のデータでは男性330万円、女性290万円って出ているけど。このデータはちょっと現実よりも高いかもしれない。市民団体の識者の方に聞いたけど、厚生労働省のデータは実態より高い数値がでていると言っていたから。半分以上はいる非常勤を含めたら、たぶん平均200万円台半ば。これ、安いでしょう。


秋本 安いとは思いますよ。例えばこれから結婚とか、子供の教育とか、親の介護も、全部お金が必要じゃないですか。ただ、もう社会保障費が削減されることは分かっている。企業はいかに自費サービスなどで収益を上げることを考えないといけないし、介護職も企業の方針にぶら下がっているだけじゃダメだと思う。今、介護職が求められるシーンは、施設の中で高齢者と向き合うだけではないと思うので、外に出たときに専門性や経験を活かしてできる仕事もたくさんありますし。
中村 収入に上限がなかったり、いろんな人と出会ったりするから、今の使い捨てが蔓延する介護現場で閉塞しているより、向いていれば可能性あるのは事実かなぁ。長期的にみて、どっちがいいのってなれば、どっちもどっち。なにが言いたいかというと、介護業界を良くしていくって公言するなら、そういう厳しい、嫌な現実があることは踏まえないと。


秋本 なるほど。もはや介護業界の賃金が低いという問題だけではなく、生まれ育った環境や、貧富の差など、いろんな問題が関わってきそうですね。確かに介護業界を本当に良くしていこうと思うと、業界内の課題だけを見ているだけでは足りないのかもしれないですね。
中村 介護職を交えた貧困の連鎖は大きな問題だよね。介護現場の長時間労働でネグレクトして家庭崩壊…というシングルマザーの姿も、貧困層の取材現場でたくさん見てきたし。子供の人生まで蝕んでいるということには憤りを感じるし、うんざりするよね。


秋本 夜勤とか…ですよね。最近は、シングルマザーや子育て世代も働きやすい環境を整えている企業も介護業界内で増えているように感じますが、まだまだ限定的なのと、そもそもそういう人たちにそういった情報がリーチできていないのですかね。これまで私は若手にフォーカスをあててきましたが、私たちが母親になるときにそういう課題に直面してもおかしくないってことですもんね。今日中村さんと話して視野を広げていただいたので、もっと勉強したいと思いました。
中村 そんなことに首を突っ込まなくていいけど(苦笑)、いや、本当にそうだよ。そういう厳しい現実がある以上、性善説だけで片付けてほしくないとは思うよね。介護事業所に蔓延する労基法違反の連鎖は、環境を悪くするどころか、子供まで不幸にさせるわけ。自分の子供が不幸なのに、高齢者の幸せなんてあり得ないよ。


秋本 それは、あり得ないですね。自分が幸せで、家族が幸せで、それがあってやっと高齢者の幸せのことを考えられるというか。だから私は働く人にフォーカスを当てています。
中村 そうだよね。まあ、介護現場が荒れて様々な連鎖を生んでいることは事実です。みなさんには期待しているので、そういう情報はいつでもお伝えしますよ。今日は、ありがとうございました。
