第12回(後編)高瀬比左子さんは「フラットに対話できる場がもっと増えていけば、介護業界にもっといい流れを作れると思う」と語る

第12回(後編)高瀬比左子さんは「もう介護にかかわる仕事を辞めたいと思ったこともあったけれど、介護の仕事自体は好き。だから環境や人間関係を変えていかないといけないと思いました」と語る高瀬比左子
大学卒業後、一般企業へ就職。「もっと人の役に立つ仕事がしたい」という思いを募らせ、介護の道へ。2012年、ケアマネージャーとして働きながら「未来をつくるkaigoカフェ」を主宰。活動は口コミで広がり、介護関係者のみならず多職種、他業種を交えた活動には、これまで述べ3,000人以上が参加。小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校でのキャリアアップ勉強会や講演、コラボレーション企画の提案やカフェ型の対話の場づくり、勉強会の設立支援も行う。介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員。2016年7月12日に、初の著書となる「介護を変える 未来をつくる ~カフェを通して見つめる これからの私たちの姿~ 」(日本医療企画)を上梓した。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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もう介護にかかわる仕事を辞めたいと思ったこともあったけれど、介護の仕事自体は好き。だから環境や人間関係を変えていかないといけないと思いました(高瀬)

中村 初めての著書「介護を変える 未来をつくる ~カフェを通して見つめる これからの私たちの姿~ 」(日本医療企画)の評判が良いようですね。アマゾンでは☆5レビューがたくさんついています。高瀬さんは現役ケアマネージャーで、仕事や職場に行き詰まってkaigoカフェを始められたとか。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 4年前ですね。いろんな壁にぶつかっていました。多くの介護職と同じで職場での人間関係に悩み、つらい思いもしました。ケアマネって板挟みになりがちですし、上司とも現場とも対話ができなくて。業務に追われ、皆、自分の仕事で手一杯。私がカフェを始める直前の時期は特に厳しくて、管理者も、問題に気づいても目をつむる、抑えつけるようなところはありました。

中村 ありがちですね。多くの事業所は介護報酬が下がって人員を減らしているだろうから、今はもっと酷くなっているでしょうね。余裕がなくなると、多くの職員は自己中心的になる。なるべく楽に仕事を終わらせたい、余計なことをしたくない、というムードは理解できます。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 厳しい経験をしたことで問題意識が高まりました。本当にツラくて、もう介護にかかわる仕事を辞めたいと思ったこともあった。けれど、介護の仕事自体は好きなので、事業所は辞めても介護業界から離れたくないと思って、環境とか人間関係を変えていかないといけない、と思ったわけです。

中村 高瀬さんは、どちらかというと真面目で控えめな性格でしょう。閉塞して硬直している事業所の体制を変えることができなかったわけですね。まあ、上司に抑え込まれたらどうにもならないですよね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 上司にどう思われるだろうか、同僚に批判されないか。そんなことばかり考えていると、このまま一生の仕事として続けられるのか、自分自身はこのままでいいのかっていう疑問が湧き、心の中は負のスパイラルに陥ります。

これからは現場のケアマネや介護職たちが、なにかを動かしていく時代になるね(中村)

中村 職場の人間関係で悩み、介護から逃げたい、辞めたいって思っているケアマネが、kaigoカフェみたいなイベントを主催して、よくうまくいきましたね。そういう心が負のスパイラルになっている人って、介護にたくさんいるけど、多くの人が抜け出せないでしょう。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 SNSに救われました。一番はフェイスブックですね。いろんな人にアクセスできて、顔の見える関係がつくりやすく、働きかけやすいじゃないですか。私はポジティブなことばかり言っているわけじゃなくて、問題意識も問いかけています。あまりブラックなことは言わないように気づかいながら。ケアマネとして介護職として、問題意識をつぶやいてだんだん広がっていきました。

中村 高瀬さんのフェイスブック、友達2500人とすごい規模ですね。介護業界とフェイスブックは相性がよくて、多くの有名介護関係者は友達が多い。ネガティブにも活用できるけど、高瀬さんはポジティブなツールとしてうまく使ったわけですね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 フェイスブックは公益性が一番大きいですね。“いいね”を押してくれる人は、関心を持っている。介護職には対話が必要ということに気づいて、まず“いいね”を押してくれる人たちに「カフェをやりたい、一緒にどうですか?」って声をかけして、そこで手をあげてくれたのは数人。“いいね”を押してくれる関心を持ってくれる人たちに、第1回をやりますのでどうですかって宣伝したら、続々と「行きますよ」みたいな。第1回目は4、50人集まりました。

中村 最初から、その集客はマジですごいですね。現場の介護職が気軽に顔を出せる、そういう場所がなかったってことでしょうね。やっぱり今までの介護業界は、経営者がでしゃばりすぎ。経営者中心のなにかに辟易しているってことでしょう。これからは現場のケアマネや介護職たちが、なにかを動かしていく時代になるね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 気づきとか課題意識みたいなことも普段からつぶやいていたりするので、共感してくれた人が来てくれているんだろうなと思いますね。だから現在進行形で口コミが広がっているし、全国の様々な場所でカフェを主催する人も増えているんですよ。フラットに対話できる場がもっと増えていけば、介護業界にいい流れを作れると思うので、今は全国のカフェの主催者の応援もしています。

中村 フェイスブックから成功したというのは、いい話ですね。介護職の人たちは、大前提に時間がなくて、加えて事業所の規則とか個人情報の法律に抑えられてというか、拡大解釈して閉塞する人が多い。高瀬さんを見習って、すぐにできるフェイスブックはどんどん活用したほうがいいよね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 フェイスブックは地域を超えたつながりを作るのに、とてもよいツールではないかと思います。同じ思いを持った人とつながりやすいというメリットはあると思いますね。

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しかるべき専門性をもった介護職が提供して結果が出れば、報酬アップというインセンティブは欲しい(高瀬)

中村 しかし、障害者施設でとんでもない事件が起こったし、介護業界はますます厳しい状態です。前編でもお伝えしたけど、“介護を変える”というなら責任もって変えてほしい、という期待があるわけです。現場の職員たちの外部コミュニティーとして機能しながら、さらに“介護を変える”というならば政策提言だと思いますね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 先日のカフェは“自立支援とインセンティブ”ってテーマで、自立支援しながら、どうやってモチベーションアップにつなげていくかということを識者から提言してもらって、それに基づいて対話しました。こういう話が出ましたっていうのを行政の関係者も多くカフェには来てくれているので、何らかの形でまとめて持っていけたらいいなと思っています。

中村 自立支援とインセンティブって、現場の介護関係者が誰もが言う介護保険の矛盾のことですよね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 そうです。介護保険は介護度が高くなると、報酬があがるって仕組み。高齢者に自立支援をして、ちゃんと仕事をすればするほど、介護報酬が下がるわけです。能力が高い事業所ほど、売上が下がっちゃうのです。

中村 介護保険が掲げる高齢者自立支援を、しかるべき専門性をもった介護職が提供して、結果が出れば、それは報酬アップというインセンティブは欲しいですよね。今の制度だと専門性を持たなくて高齢者が悪くなるほど、報酬はアップします。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 現場で活躍する自立支援の専門家を5人呼んでいて、その人たちが提案することの影響もあるのではないかと思います。こういう人たちも、そう言っているみたいな。行政の人たちとも横の繋がりができてきているので、そういう人たちにどんどん提案していこうと思っているんですよ。

中村 一億総活躍会議の民間議員だった白河桃子さんには、その自立支援に関する介護保険の矛盾は伝わっていましたよ。要するに断片だけかもしれないけど、首相官邸には届いているってことです。行政の人たちと友達感覚になるのもいいと思うけど、それだけでは物足りないですね。政策提言はいろいろ仕掛けを作りながら、同じことを何度も何度も繰り返す必要があるのではないでしょうか。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 今の時代って誰かを攻撃したり、運動を起こすより、雑談し合えるような関係性を作ったりする中で、対話で変えていけるのが一番理想じゃないですか。

中村 また突っ込みを入れてしまいますが、介護業界のポジティブな人たちって、対話ができるようでできていないんですよ。例えば、僕みたいなタイプ介護業界の多くの場面で排除されちゃうわけじゃないですか。世の中は広くてシビア、友達になれる人ばかりじゃないですよ。もし、政策提言する、しかるべき人が友達じゃなかったら、どうするんです?

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 もちろん、そのような場合もあると思います。無理に提言することは進められません。選挙運動みたいなこととかをやっても、若い人たちはやりたがらないんです。やっぱり対話でできる関係性を探って、そこで変えていければいいですよね。

中村 じゃあ、介護業界として介護保険の矛盾を変えるために、友達になって対話をするのは高瀬さん。その他のアプローチは誰々、みたいな引き出しはほしいですね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 そのような引き出しは実際にできつつあります。行政の人にどんどんkaigoカフェに来てもらって、意見を持ち帰ってもらう。喧嘩的な運動を起こして変えさせるってスタンスではなくゆるやかに価値観を共有していく、というような。

キッチリと政策提言して、ブラック施設を追い出して、やっていかないといけない(中村)

中村 また、話がこじれてきました(笑)。流れに任せて言ってしまうと、高瀬さんのやられている小学校への『出張kaigoカフェ』だけは反対です。自分の子供が通っている小学校で開催されたら、たぶん校長に苦情を言いに行きます。理由は現在の介護は、とても子供に薦められるような状態とは思えない。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 介護について子供に伝えて、教えることは、介護職を成長させる機会になるし、とてもいいことだと思っています。授業では子供から介護の魅力を教わることが多いし。

中村 介護職の成長に子供を利用するのはよくないって。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 魅力とかいいことばかりを言って誘導するのは、もちろんよくないっていうのはわかります。だから同時に、現場もよくしていかないと。おっしゃる通り、良い現場が増えていかないといけない。子供たちが希望をもって介護業界に入ってきても、受け入れる事業所がちゃんとしたところじゃなかったら、やっぱり辞めていきますよね。どちらも同時にやっていないと。

中村 だからキッチリと政策提言して、ブラック施設を追い出して、やっていかないといけないでしょう。kaigoカフェは介護関係者にとって素晴らしい場所というのはわかるし、共感するけど、介護関係者がみんな友達になって対話だけで良くしていく、というのは疑問が浮かびます。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 介護業界に様々な問題があるのはわかっているし、それを全部解決しようとしても私の手には負えません。ただカフェのようなつながりをつくり、強みを活かせる場を用意することはできます。自分の今までの経験を活かして、できるところから変えていこうってスタンスです。

中村 (笑)まあ、期待しています。特に“介護を変える”という分野では頑張ってほしいです。本当に僕が排除されないなら、kaigoカフェにはお邪魔したいですね。

中村中村
高瀬高瀬

高瀬 はは。是非是非。

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