「介護対談」第39回(前編)渡邊輝さん「健康寿命を伸ばすのは、社会とのつながりを増やさないと実現しない」

「介護対談」第39回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと渡邊輝さんの対談渡邊輝
アイケアユー代表。薬剤師、ケアマネージャーを経て、東京都中野区、新宿区、杉並区にて薬局を経営し、高齢者宅への薬の配達をする中で高齢者の孤立化の厳しい現実を目の当たりに。高齢者と社会とのつながりの充実を目指し、公的介護保険外サービス「I care you(アイケアユー)」を開始。高齢者が長生きしてよかったと思えるように、外出支援サービスを提供している。現在、自身が経営している薬局を使用しワークショップ「アイケアユーカフェ」も開催中。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が好評発売中!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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健康寿命を伸ばすのは、社会とのつながりを増やさないと実現しない(渡邊)

渡邊さんは東京都中野区、新宿区、杉並区で“なごみ薬局”を経営されています。医療介護地域の積極的な連携を提案するワークショップを、薬局で定期的に開催され、最近インターネットを使った介護支援事業「I care you(アイケアユー)」を始められたとか。

中村中村
渡邊渡邊

介護保険外のお出かけ介護サービスです。インターネット上で、保険外の外出支援サービスを提供しています。僕の中には高齢者を心から笑顔にしたい、長生きしてよかったと思える社会を作りたいという想いがあって、それを実現させるための事業です。

今の日本は高齢者が長生きしてよかったと思える社会から、どんどん逆行している雰囲気があります。正直、これからもっと酷くなりそうです。高齢者を敬う文化や気持ちが、急速に社会から失われている。10年前は、少なくとも現在のような状態じゃなかった。

中村中村
渡邊渡邊

それは大きな社会的な課題かなと思っていて、妨げているのは健康寿命が短くなっていることがひとつあります。まず健康寿命が長くなれば、生き生きと過ごせる時間が増えるんじゃないかという仮説を立てました。人間は生まれて衰弱して死んでいく、という過程がある。現在、健康寿命が短くなっている原因として、社会とのつながりが断たれることで一気に衰弱を進めてしまうことがあげられます。健康寿命を伸ばすのは、社会とのつながりを増やさないと実現しない。そのことを地域で薬局を運営して気づきました。

薬局は地域の体調を崩した方々が必ず立ち寄る場所です。なごみ薬局では高齢者向けに薬の宅配をしています。薬局まで来られない高齢者のニーズに応えたことで厳しい現実に気づかれたわけですね。

中村中村
渡邊渡邊

薬を自宅へ届けるのですが、高齢者に笑顔がまったくない、一切ないという現実を目の当たりにしました。身体的な異常とか、精神的な異常はある程度は薬でコントロールできる。でも、健康はプラス社会的なつながりが必須です。現実的なつながりを増やすため、まずは高齢者に寄り添える介護職が生き生きと働ける環境を作らなければ、自分が望んでいる世界には近づかないと思いました。

健康寿命を延ばすのは、医療や薬の力だけでは不十分。社会と接点を持たせてくれるのは今、冷遇されている介護職がキーマンとなる。生き生きと働ける環境作りはまず収入ですが、低賃金が何年間も叫ばれているのに、介護保険が原資となる事業では処遇改善は難しそうです。

中村中村
渡邊渡邊

そこで、保険外のお出かけ介護サービスです。保険内でまかなえないサービスを縦だし、横だしして訪問介護を保険外で提供します。どうして保険外にしたかというと、介護職は保険の中に閉じ込められている。やっちゃいけないことが多い。例えば飲食の付き添いとか、旅行とか。税金が使われているから制約があるのは当たり前だけど、介護保険外の仕事に働く側がやりがいを感じられる部分があるのかなって。

単純に笑顔がないのはつまらないからで、遊べば笑顔は増えますよね。笑顔が増えれば、やりがいを感じるのはその通りですが、遊びとか欲望の領域は青天井。それが可能性を感じる部分でもあるし、心配でもあります。

中村中村
渡邊渡邊

介護職が自立して継続的には働くためには、価値をきちっと提供して対価をもらうことが絶対条件です。おっしゃる通り、今の制度の流れを見ていると、保険外にしかできないことなのかなと。僕はネット上に職場を作っていて、それが“アイケアユー”です。個人が自分の強みを生かして働けるマッチングサイトになります。

まずは社会に連れだす、心から元気になるようなつながりを構築したい(渡邊)

渡邊さんは高齢者に笑顔がないと訴えられていましたが、具体的にどのような状況でしょうか。

中村中村
渡邊渡邊

要介護状態になると、家から出ることができなくなるケースが多いです。僕が経験したのは、ピンポンを鳴らしても出てこない。鍵が空いているから開けたら、ぶっ倒れている。体が衰弱してトイレにまでいけないと。それで、こたつの中でしちゃうとか。これはまずいと思いましたね。そういう人はすごく多い。介護保険も知らなくて、どこに相談していいか分かっていない高齢者がまだまだ潜在的にいます。

単身世帯、老老介護の世帯はどんどん増えている。地域包括センターに相談することを知らない人も膨大にいるでしょう。地域を活性化していかないと見えないですよね。

中村中村
渡邊渡邊

その人たちにちゃんとした介護というか、心から元気になるようなつながりを構築したいわけです。そこでまず社会に連れだす事業がいいのではないか、となりました。

実は、僕は貧困層の自己決定ができない、状態が著しく悪い人を外に連れ出すことを、けっこうやってきたけど、正直厳しかったですね。高齢者にマイナスはないのですが、こちらがやっていることを実感してもらえない。やりがいはまったくないので疲れました。“アイケアユー”では高齢者が支払う価格は、1時間3500円で設定されています。外出を希望している高齢者にサービス提供となると、お金のある軽度者になりますね。それがいいと思います。

中村中村
渡邊渡邊

まだ始めたばかりですが、高齢者はすごく笑顔ですね。スタッフも介護ではない何かを提供できたと手応えあるみたいで笑顔がすごかった。おじいちゃん、おばあちゃんたちは、外に出ちゃいけないって言われている人たち。何年間も、全然外に出ることができなかったけど、近くの公園に行けるだけですごくハッピーになる。

外出したかった高齢者が外出できれば、そうでしょうね。介護職も常勤の給与にプラス、副業の外出支援で合理的に楽しく働いて収入になれば、本当に素晴らしいですね。

中村中村

希望を持って働いている人たちが、対価をもらえる状況にしていきたい(渡邊)

渡邊渡邊

外出サービスとオペレーションを構築しています。行き先は本人が希望するところ。浅草とか、何が食べたいとか。近くの大きな公園にリハビリがてら歩いていくとか。トラベルヘルパーの人をマッチングして、旅行とか、海外とか。温泉とか。それ以外には外食の付き添いとか。近くのイベントをご家族が検索して、そこに行くとかですね。

遊びは欲望と直結しています。遊びを仕事にすると正直、要望が青天井になってくる。サービス提供できる重度者になると、もう外に行きたいという欲求さえなくなっている。軽度者になると、要望の青天井の可能性が。どうなっていくのか注目ですね。

中村中村
渡邊渡邊

それと、専門的なヘルパーはなかなか見つからない。身体障害者に強いとか、精神疾患に強いとか。ケアマネをやっていたとき、得意分野のあるヘルパーを見つけるのは難しかった。だからネット上で専門職の方々にたくさん登録してもらえば、効果的効率的に介護を求めている人に必要な介護を必要なだけ提供できる。

ちょっと遠出すれば半日くらいはかかるので、そうするとかなりの値段になりますね。収入がもっと欲しい優秀な介護福祉士の人あたりは、どんどん登録してほしいですね。

中村中村
渡邊渡邊

高齢者からは1時間3,500円をもらっています。ヘルパーさんには1時間2,500円から2,800円をお支払いしています。ヘルパーさんが育って、きっちりと価値を提供できる人を育てたい。それでもっとお金をもらって、納税をしてもらう。お金と人が回ることが、地域が活性化することだと思っています。

介護業界は貧困が蔓延しています。もう思考停止して諦めている人も多い。能力が高い層から専門性をお金にかえて、制度だけに頼るだけではない働き方が当たり前になって欲しいです。

中村中村
渡邊渡邊

僕も介護職を低賃金に固定することは、あまりにもおかしすぎると思っています。労働の搾取を誰かしらがしている状態ですね。テクノロジーを使って、あるべき姿に戻したいわけです。あるべき姿というのは希望を持って働いている人たちが、諦めたり逃げたりするのではなく、対価をきっちりともらえる状況にしていきたい。

高齢者の諦めているところのギャップを埋めてあげたい(渡邊)

労働の搾取の問題がでました。誤解する人があまりに多いので、一応言っておきますが、労働の搾取は経営者がしているわけでなく制度設計している国がしているわけです。介護保険外の事業が本格的になれば、優秀な人はどんどんと介護保険外に流出するでしょう。国もそれを望んでいると思う。

中村中村
渡邊渡邊

外国人介護職を続々と入れたいというのは、そういうことでしょうね。現在は転換期、その時期に僕は稼げる介護職を育てていきたいわけです。

お金をもらえるヘルパーと、お金をもらえないヘルパーはなにが違うのでしょうか。将来的にはお金をもらえないヘルパーは、低賃金の介護保険事業に残って外国人と一緒に働くことになりますね。

中村中村
渡邊渡邊

お金をもらうためには、より専門性を発揮するというと語弊があるかもしれないけど、ニーズに対して応えられるってことですね。その人が求めていることを先回りして、やる。そのおもてなしというか寄り添うというか。それだけのことです。

リスクマネジメントの面から安心安全を提供しつつ、心から精神的に笑顔になり、社会に復帰できる。家族を含めて、本人の意思決定を支援してあげられる介護職ですね。

中村中村
渡邊渡邊

インターネット上で、そういう介護職を育てたい。高齢者が旅行をすると決めたけど、行きたいけど行けないところにギャップが発生する。そのギャップが大きければ大きいほど、絶望して苦しむ。諦めて忘却することも、亡くなる直前は必要かもしれないけど、できる限り、その諦めているところを介護職の専門性を発揮してギャップを埋めてあげたい。

高齢者へのサービス不足と、介護職の低賃金、制度依存という大きな問題の解決ありきで考えられているので、本当に応援したいと思わせますね。

中村中村
渡邊渡邊

深刻な介護職不足の問題。賃金アップと教育、さらにネット上のマッチングで労働環境の改善と、価値観の醸成ですね。それと薬局でのワークショップを使って社会問題を解決しようと。ただ今のところはお金を持っている高齢者しかターゲットにできていない。それは問題という自覚はあります。

僕はなにも問題はないと思います。お金のない高齢者は保険制度になんとかしてもらえばいいのです。後半は薬局でやられているワークショップの話もお聞かせください。

中村中村
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