「介護対談」第30回(後編)さん「「家族が幸せになっていいよ」っていうのは、当たり前のこと。でも、それを誰も言ってくれない」

「介護対談」第30回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと橋中今日子さんの対談橋中今日子
認知症の祖母、重度身体障害の母、知的障害の弟の3人を介護しながら理学療法士・リハビリの専門家として14年間病院に勤務。介護歴は実に21年にものぼる。助けを求められない介護者たちをサポートすべく「介護者メンタルケア協会」を設立。家族関係、人間関係に悩んだことがきっかけで学んだ、心理学、コーチング、コミュニケーションスキルを活かし、心理カウンセラーとして介護者の心に寄り添っている。著書に「がんばらない介護(ダイヤモンド社)」。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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介護を抱えていようが、デートを楽しんでいいの(橋中)

「がんばらない介護」は共感することばかり。特に「介護を理由に、恋愛や結婚をあきらめてはいけない」という意見です。橋中さんも家族の介護が原因で恋愛を失敗した経験があるとか。

中村中村
橋中橋中

介護を優先しすぎて失敗はたくさんしました。初めてのマスコミ取材は朝日新聞の「親の介護に縛られる娘たち」みたいなタイトルがついた特集でした。その記事を眺めて初めて客観視できたんです。私もデートのときに親から電話がきて帰ったりして、介護優先の姿勢で当時付き合っていた人とうまくいかなかったことがあって

介護はキリがないから、どこかで割り切らないと24時間、生活の全部を持っていかれちゃいますよね。人にもよるけど、相手が家族の介護でいっぱいいっぱいだったら、見切りをつけるという選択は理解できる。

中村中村
橋中橋中

その記事に登場した3人とも、デート途中で帰ったって書いてあった。これはおかしいことだし、自分もどうしてそんなことをしたんだろう?って気づきました。今思い返せば不思議だけど、当時は自分の時間よりも親や家族を優先するのは当たり前だったんです。

介護という言葉は自己犠牲みたいなイメージがあるし、多くの人がそのイメージに引っ張られている印象がある。中流以上の責任感が強い女性、橋中さんみたいな女性が自ら自己犠牲を選択するのはわかる。

中村中村
橋中橋中

姉はそうでもなかったのに、私は24時間介護に囚われました。当時は要支援だったのでまだ楽なはずなんだけど、本当に些細なことで連絡がくるんです。靴下が履けないとか。料理はできるけど、ある日からお皿をテーブルに持っていけなくなったんですね。それだけをヘルパーさんに頼むわけにはいかず、私がするしかないってなった。

お皿をテーブルに運ぶだけの役割で3食近くにいると、膨大な時間が潰れちゃいますね。「がんばらない介護」というのは、自分を大切にしてどこかで割り切るってことですよね。

中村中村
橋中橋中

「がんばらない介護」とは、負担を周囲の人と分けること。ふり返れば、ヘルパーさんにお願いできたこともあったかもしれないし、当時は姉がいるのに姉にすら頼んでいなかった。どんどん自分が抱え込んで、おかしなことになった。まわりの人に助けてといったとき、まだ使えるリソース(サービスや資源)がたくさんあるはずなんです。

どう考えてもリソースをフル活用して、デート中に帰ることなく、恋愛も進行させるべきだった。親もそれを望んでいるはずだし、自己犠牲をしてしまうと取り返しのつかないことも出てきてしまう。

中村中村
橋中橋中

そうなんですよ。介護を抱えていようが、デートを楽しんでいいの。自分が旅行に行くのにショートステイを使うなんてありえないと思い込んでいるから、苦しくなるし、失うものも出てくる。客観的に聞いていると、どうしてって思うじゃないですか。でも一人で抱えているときは視界が本当に狭くなっているので。

なるべく早い段階で第三者が入らないとダメなんですよ(橋中)

橋中さんは単に家族の手伝いをしているという感覚から始まって、だんだんとうまくいかなくなっています。最初はお皿運びだったが、それがオムツになり、一人で抱え続けた。気づかないうちに巻き込まれて、自分の人生や生活を見失った時期もあったと。

中村中村
橋中橋中

自分の生活やこれまでの家族の中で、日常生活の延長でだんだんと混乱が起こるから、いったい自分になにが起こっているのか気づくのはすごく難しい。だから、なるべく早い段階で第三者が入らないとダメなんですよ。

在宅介護のブログをやって、500件以上の相談とかその数の多さに驚きました。日常の延長の混乱で悩んでいる人が多いってことですね。橋中さんの話を聞いていると、苦しい自覚はあるけど、いったい何に悩んでいるのかもわからない人が多そう。

中村中村
橋中橋中

自分の経験だけだと、橋中さんだからできたで終わっちゃう。実際に相談を受けて、みんながどんなことに悩んでいるかわかってきた。ケアマネに話せない、家族が手伝ってくれない、コミュニケーションの問題が多い。あとは介護を必要とする家族が嫌がるからサービスを利用できないとか。

介護サービスを最初本人が嫌がるのは基本の基本で、事業所側も対応には慣れている。何回か通ってその場に慣れると、喜んで行くようになる人が多いですよね。

中村中村
橋中橋中

私がその人を助けるわけにはいかないので、行動を起こしてもらうための助言ですよね。その人たちがまわりに助けてっていうための手伝いと、あともう一つが、よく今までやって来たねっていう励まし。それがみんな足りていないんです。「がんばらない介護」は、その代表的な話を載せました。

今の介護保険制度や社会資源で、悩んでいる方々の問題はどのくらいクリアになるのですか。

中村中村
橋中橋中

私のところに来てくれた相談は、ほぼほぼクリアです。特にあとがきに書いた女性で、ご両親が70代と80代。老々介護でお父さんが認知症のお母さんを殴っちゃったケース。お金がなくて施設に入れないから、私が仕事を辞めるしかないっていう相談が来た。まずお母さんの安全の確保がいるから、地域包括センターにすぐに相談を勧めて、お母さんの老健の入居がすぐに決まったんですね。

虐待みたいなことが絡むと、すぐに動いてくれますよね。

中村中村
橋中橋中

老健では費用を軽減するため必要な世帯分離はできないけど、グループホームに移ったときに世帯分離して、最終的には生活保護も取れた。暴力があったとか全部巻き込んでもらって、お母さんが殴られたところから半年でグループホーム、生活保護まで半年で解決できたんです。きっちり制度を使い切るところまでいきました

施設も生活保護も、繰り返し訴えればいずれ上手くいく(橋中)

しかし、働かないと生活できないのに、どうして仕事を辞めるとか、そういう方向にいっちゃうのでしょうか。経済的な不安まで抱えら、苦しい状態から本当に地獄みたいになっちゃうじゃないですか。

中村中村
橋中橋中

その女性は古くからの友人で「介護なんて今日子ちゃんだからできるだけ、私は見捨てるから」って、ずっと言っていた。でも介護が突然降りかかってくると、なにかスイッチが入る。だから仕事を辞めるみたいな発想が出て。そのとき、ちょっと待ってって止めてあげる第三者が本当に必要なのです

適切な助言ができる第三者ですね。制度とか社会資源のことを何も知らないで、一人で抱え込んで仕事を辞めちゃったら本当に取り返しがつかない。

中村中村
橋中橋中

本当だったらケアマネとか、地域包括センターに相談できれば一番いい。でも「こんなこと誰にも話せない」と私のところに相談が来る。だから地域包括に「こんな声が届いています」情報を届けているところです。一人で抱えないことが本当に大切。でも悩んでいる人の話を聞いていると、どれだけ聡明な人でも、問題に直面すると助けを求めることに意識がいかないし、余裕がなくなってしまう

家族の中だけで解決しようとすると、すぐに限界がくる。特に仕事を持っている人は、すぐに破綻がくる。自分で全部しなくていい、そこまで頑張らなくてもいい、という情報提供ですね。

中村中村
橋中橋中

施設も生活保護も、みんな一度断られて諦めちゃうんですよ。一度断られても繰り返し訴えれば、いずれ上手くいく。そういうプロセスを伝えて、大丈夫って言ってあげるだけで全然違う。おっしゃる通りなんです。当事者になると、本当にどうしてそんなことを考えるのって状態になっちゃうから。

僕が経験したお泊りデイは、貧困層の姥捨て山になっていた。おそらく半分以上の家族が、抱え込むどころかウンザリして親を捨てていました。今、日本は貧困が蔓延して階層社会になっているから、橋中さんに相談する人たちは中流以上でしょうね。

中村中村
橋中橋中

ネットからの相談が9割で、誰かしらと繋がることができている人だと思います。一つ大変な危機だと思ったケースがあって、20代の女の子からの相談。両親が失踪しておばあちゃんに育てられて、本人は高校中退だと。おばあちゃんの年金で食べていて、最近認知症がひどくて。おばあちゃんが大変になってきた。働きたいけど、学歴も車の免許もない、借金もある。どうしよう、みたいな。

生活保護か、おばあさんを措置してもらって、その子は働いたほうがいいですよね。

中村中村
橋中橋中

市役所に「どうして行かないの?」って訊いたら、近所の人から「あそこの子は介護もできない、生活保護」って言われそうで怖いって。でも今は助けてもらって、しっかり働くことが大事だからって伝えました。今はヤングケアラーって言葉もある。ちゃんと自立して生活する人ですら大きな問題に陥るから、一人一人がキチンと正しい支援を受けないと、本当にとんでもないことになっていきますよね。

「家族が幸せになっていいよ」っていうのは、当たり前のこと(橋中)

お泊りデイは朝日新聞が批判を始めて大きな動きになったけど、実は高齢者が劣悪な環境にあるだけならまだいいんですよ。実際に文句は来たことがないし、たいした問題じゃない。問題なのは職員の労働環境が劣悪だったり、モンスター家族が介護職を追い詰めたりすること。「高齢者のためにもっと働け」「いい環境を作れ」みたいな煽りをこれ以上続けると、マジでとんでもないことになりますよ。

中村中村
橋中橋中

私自身が持つ違和感があって要介護の人にとって一番いいケアを探しましょう!」が今の主流。それを実現するには介護する家族や介護職も満たされていることが大前提自分の人生が中心にないと、絶対に無理!自己犠牲では続かない!って思うわけです。

高齢者のためにもっと働けって煽る人たちって、みんな高齢者に近いおじさんとかおばさんです。いい社会を作ろう、みたいな理念を掲げて、介護職が精神病になろうが壊れようが彼らは興味ないわけでしょ。自分のことしか考えていない。全部、需要目線、高齢者目線。そんなんじゃ無理ですよ。

中村中村
橋中橋中

介護やケアが必要な人を大切にすることも介護する人が自分の人生を大切にすることも同時進行で実現が必要。それを戦うことなく上手に伝えたいというのは大きな課題です。

正論だし、そういうことは大きな声で言わないとダメだよね。言っていればそれが防波堤になって、高齢者だけを幸せにしようとする彼らの暴走は減りますよ。介護業界は正直、職員の犠牲を出しすぎている。許されることではありません。声を上げていれば、高齢者だけ幸せになる社会を作ろうとする彼らは一歩立ち止まる。チェックが必要です。

中村中村
橋中橋中

「家族が幸せになっていいよ」っていうのは、当たり前のこと。でも、それを誰も言ってくれない。だからそれを言うことが自分の役割かなって気持ちがあって、今回は大きな決意を持って動き出しました。でも、一人ではできることは限られている。だからこそ、家族、医療・介護の専門職の人たちと一緒に考えていきたいんです。

今日はありがとうございました。おっしゃっていることには共感するので、家族介護者のために、介護職が少しでもいい方向になるように本当に頑張ってほしいです。

中村中村
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