

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
介護現場で働きながらの活動は、時間的な制約がありますけど、一歩踏み出せばなんとかなる(卜部)
中村 遂に在宅介護をテーマにした映画『まなざし』の公開です。渋谷アップリンクからはじまり、全国で公開予定です。作品作りだけではなく、プロデュースも監督自身がやらなければならなくて本当に大変な道のりでしたね。で、現役介護職である卜部さんはお金があるように見えません(笑)。どうやって映画に着手したのでしょう。


卜部 映画の製作費は全部自腹です。介護の仕事をしながらお金を貯めました。製作費は驚かれるくらいの低予算です。主演の根岸さんにも雀の涙みたいな出演料しかお支払できないですし、スタッフも手弁当でやってもらって。
中村 いわゆるインディーズですね。作ろうとする作品の魅力や可能性だけではなく、自分の人脈をフル回転させて人を集めて作るわけですね。


卜部 スタッフは僕がヘルパー2級の資格をとった授業で出会った人とか、昔からの映画仲間とか、学生時代の友達とか。本当に総動員です。脚本を見せて必ず劇場で公開して、介護を通して今の世の中を少しでも良くしたいって想いを、一人一人に伝えました。
中村 主演の根岸(季衣)さんを筆頭に、関係者のみなさんは介護に対して、どう思っているのでしょう。


卜部 在宅介護、家族の話です。それぞれ想いはありました。根岸さんは撮影の一年前にお父さまを亡くされて。ちょうど在宅介護生活が始まろうとする矢先の事だったとお聞きしました。自分自身の追体験として父が生きていたら、こうだっただろうなみたいな感覚で演じたとおっしゃっていましたね。
中村 しかし介護職が頑張って働いて製作費を貯金して、それでよく製作費を捻出できましたね。映像関係のバイトと行っても、今は映像関係も単価は安いだろうし。


卜部 映画を作るってことは決めていたので、貯金はずっとしていたんです。ただ賃金はみなさんと同じで安いし、けっこう苦しかったですね。好きでやっていることなので苦しいことは苦ではないですが、経済的に大変ではありました。
中村 前編「親子が歩み寄るところからいい関係性が生まれる。大きくとらえれば、その積み重ねが世の中をよりよいものに変えていくと思う」でも話にでましたが、多くの成功しなかったクリエイターが介護業界に流れて介護職をやっているんです。たまにとんでもない才能がある人もいて、介護業界はそれをまったく活かしていない。末端の賃金の安い介護職でもやろうと思えば、レベルの高い領域で表現活動ができるってことですね。


卜部 ちょっとお金を貯めてパソコンとカメラがあれば、映画は誰でも作れますよ。僕は学生の頃から自主映画を撮って、世の中に対して伝えたいこととか、自分の想いを表現する手段として、たまたま映画になった。介護現場で働きながらの活動は、時間的な制約がありますけど、一歩踏み出せばなんとかなりますよ。
介護というテーマは世間的に注目されてはいるけど、まだ商業ベースに乗るようなイメージはない(中村)
中村 僕も一度だけ自分の著作が劇場映画化されたことがあって、企画から劇場公開の流れだけは見たことがあります。映画はとにかく時間がかかる。本当に大変、しかもインディーズとなると全部自分でやらなきゃならないし。


卜部 介護で働きはじめた頃から脚本の前段階のプロットを書きはじめて、実質4年くらいかかっていますね。劇場公開にもっていくのは、おっしゃる通り、大変です。編集が終わったのが去年の夏頃、公開が決まるまで半年以上がかかりました。
中村 この数年で小さな映画館がどんどん潰れて、ミニシアターは減っています。映画で儲かっているのは商業映画のトップの一部だけ。劇場公開が決まるまでは不安ですね。


卜部 処女作を劇場公開した6年前も苦労しましたが、今は本当にインディーズ映画を公開する土壌がありません。映画館もお客さんが入るという信用というか保証みたいなのがないとかけてくれないです。
中村 なんのジャンルでもメジャーになると作品作りというより、商品作りになっています。介護というテーマは世間的に注目されてはいるけど、まだ商業ベースに乗るようなイメージはないです。インディーズじゃないと着手できなかったってことですね。


卜部 メジャー志向はないので、やっぱり自分のお金だから好きなように作るって部分は大きかったです。出資してもらうと当然制約もでてくるし、『まなざし』に関しては自分が思う通りにやりたかったので。それはインディーズの弱みでもあり、強みでもありますね。
中村 お金がかけられないし、劇場公開の確約がないから集客できる有名キャストは使えない。インディーズは自分の想いを込める作品作りはできても、劇場公開のハードルが高いわけですね。今年、クラウドファンディングでお金を集めていましたよね。


卜部 映画の宣伝費です。チラシ刷ったり、ホームページ作ったり。前売りとかポスターとか印刷代だけでけっこうな金額になります。東京から全国上映していくとなると、その都度宣伝が必要で。上映のトークイベントでの人件費とか。映画は完成してからも、お金がけっこうかかります。今回は映画が完成してから、宣伝費集めにかなり苦労しました。
現場の訪問介護員と会社が繋がって協力関係になるのは画期的(中村)
中村 映画『まなざし』は、協賛に卜部さんが働かれている訪問介護事業所の本社である株式会社ソラストがあります。東証1部上場の大企業です。


卜部 会社の協賛は、僕の中では奇跡です。宣伝費の資金繰りに行き詰まって会社に「協賛をお願いします」って話しに行きました。
中村 会社が大きくなれば、末端の介護職のことなんてわからないじゃないですか。現場の訪問介護員と会社が繋がって、協力関係になるってちょっとすごいですね。画期的というか。


卜部 みんなびっくりしています。僕が一番驚いているのですが。今年3月くらいに劇場公開がアップリンクで決まって、劇場公開作としてやらせてもらうことになったので、宣伝費が厳しい状態なので協賛としてついてもらえないでしょうか? と、会社にまずメールで頼みました。
中村 ここは、株式会社ソラスト本社の会議室。今、卜部さんの隣に広報室長の翁さんがいらっしゃるので。協賛までの経緯を伺いましょうか。一般的に自社の介護職の表現活動を応援しよう、とはならないです。

【広報担当・翁さん】事業本部長が自ら検討してくれました。卜部さんは現場ではとても優秀で、お客さんの評判はすごくよかったんです。頑張っている社員をぜひ応援したいし、映画の内容も事前に拝見しまして、確かにすごく重い映画ではあるけど、介護を通じて人が成長していく姿や、人と人の繋がりが描かれています。前向きなメッセージをだしている映画なので、会社としても応援しましょうということになりました。本社の人は『まなざし』をみんな観ています。

卜部 映画の内容は介護の厳しい部分も描いていて、会社としてそれは受け入れられるのか、無理じゃないかと思っていました。応援してくれるのは本当にありがたいです。
中村 じゃあ、みんなダメ元でどんどん本社に挨拶に行けばいい、ってことになりますね(笑)。


卜部 僕としてはほとんど期待していませんでした。現場職員の活動を会社が公的に応援するみたいなことは聞いたことないし、ただ本当に宣伝費に困っていて、どうしようってことで。クラウドファンディングでも220万円が集まったけど。それでも赤字には変わりなかったので。
【広報担当・翁さん】作品の協賛を強く推薦した事業本部長は介護部門のトップになります。この協賛は最終的には社長決裁です。事業本部長の強い推薦で社長が決済しました。だから『まなざし』のチラシは全事業所に置いていますし、社をあげて応援しています。

卜部 本当に頭があがらないです。なんでもやってみるものだと思いました(笑)。
中村 あまりにも、いい話ですね。まわりのスタッフから始まって、キャスト、株式会社ソラストまで。真面目に映画を作り、介護職に取り組む卜部さんと作品に、様々な人が集まって完成したのが『まなざし』なのですね。


卜部 お金がかかることなので。僕がみなさんにすがっている部分は大きいんです。映画は人が集まらないと絶対にできることではないので、有志で来てくれる方と繋がっていたり、人と人との繋がりというのが大切だと、しみじみ思いました。
介護は相手のキモチを想像する場面が日常的にあって、本当に心が鍛えられる(卜部)
中村 卜部さんは映画をみてもらうことで、介護に対する議論というか問題提起になればいいと言っています。


卜部 自分の想いとしては介護の現場で仕事をしたことで、自分なりに感じた等身大の体験、確かに厳しい状況はたくさんあるけど、自分が介護によって人間的に成長させてもらったという実感があります。介護を知らない人からすれば、介護は大変って思うだろうし、それは間違っていないけど、今までない経験が得られるというか。
中村 介護=クリエイティブは、かつて自分が運営した事業所で、元プロ画家の職員が執拗に訴えていた元画家の職員は、「認知症介護は四次元=宇宙にあわせること、介護現場は映画の撮影現場に望むように入らなくてはならなくて、介護職は宇宙で演じる役者」みたいなことを言っていた。要するに現実社会から認知症高齢者と接するから問題が起こりがち、介護職は四次元の中で演じなければならないって意見は納得した。


卜部 なるほど、まさにその通りですね。その方はすごいですね。認知症介護は特にそうですが、寝たきりで喋れない方とかも、その方が今なにを一番欲しているだろうってことを常に想像する。介護は相手のキモチを想像する場面が日常的にあって、本当に心が鍛えられる。
中村 介護を経験する前は、体力的な肉体的な泥仕事じゃないけど、疲れる肉体労働みたいなイメージがありがち。実際には想像力をフル回転させないと務まらないというのは、本当にそう。極めて厳しい向き不向きがあって、本来は選ばれた人でなければできない仕事です。


卜部 映画監督の仕事とすごく似ているところがあって、映画監督は役者を演出したり、スタッフに指示だしをする。常に想像することが仕事です。この人はなにをしようとしているのか、なにを求めているのかとか、介護と同じなのですね。常に頭をフル回転させて想像を働かせることは、映画監督と介護職の共通点。だから介護はクリエイティブと思いながら働いていますね。
中村 よく言われる3Kに、クリエイティブを足してくれってことですね。


卜部 僕の体感です。『まなざし』では、お父さんは寝たきりで喋れない、目線が重要なコミュニケーションツールになっています。その『まなざし』って意味と、相手の心を見つめるじゃないけど、それは介護の仕事を経験して鍛えられた部分の『まなざし』。お互いに一方通行ではだめだし、お互い心を見つめ合って歩み寄らないとならない。
中村 介護は本当にクリエイティブであってほしい。表現者としても介護職としても前進を続けている卜部さんに続いて、まずクリエイティブな才能がある介護職の方々から立ち上がってほしいですね。


卜部 自分の正しいと思うことが全体に潰されちゃう悪循環はあります。介護職の個人個人が勇気をだして声をあげてほしいですね。介護というくくり以前に、他者を思いやったり、親切にしたり、困っている人がいたら助けたりって、人として当然の部分すら日々の業務とかシステムに潰されちゃうというか。やっぱり、声をあげてほしい。
中村 今日はありがとうございました。映画『まなざし』の成功を願っています。僕もアップリンクに行きます。
