「介護対談」第14回(前編)卜部敦史さん「死に向かっていく方から前向きな言葉を聞いて、びっくりして、その言葉を映画にしたいと思った」

卜部敦史卜部敦史
1981年オーストラリア生まれ。大学在学中から自主製作映画を製作。卒業後は、テレビ局の報道取材部にて4年間勤務。サッカーワールドカップや尼崎列車脱線事故などの取材を行う。退社後、2010年に初長編映画「scope」を監督。インディーズとしては異例の3ヶ月ロングランを記録した。2013年には短編映画「萌」を劇場公開。特別養護老人ホームに入居している祖母の面会に行ったときの出来事がきっかけとなり、介護というテーマに強い関心を持つ。最新作「まなざし」は、介護現場で自ら働きながら貯めた資金によって制作された。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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親子が歩み寄るところからいい関係性が生まれる。大きくとらえれば、その積み重ねが世の中をよりよいものに変えていくと思う(卜部)

中村 卜部さんは現役介護福祉士の映画監督です。介護をテーマにした劇場映画「まなざし」が、遂に8月27日から劇場で公開(渋谷アップリンク)されます。都内の訪問介護事業所でヘルパーをしながら映画を撮って、劇場公開っていうのは本当にすごい。内容は圧倒的にリアルな介護現場がありました。

中村中村
卜部卜部

卜部 「まなざし」は、なにか答えをだすという映画ではないです。観た方々にそれぞれいろんな意見はあるはず。今は訪問介護事業所で働いて利用者様の自宅に行っています。普段、家族介護して疲れているご家族と日常的に接していて、なかなか厳しい現実があるな、と。リアルはきっちり描きつつ、僕自身、介護の仕事を通じて自分が前向きになった体験があったので、希望を考えるキッカケとなれば、ってことを意識して作った映画です。

中村 主演の根岸(季衣)さんみたいに家族介護に追い詰められて、もう目が死んでいるみたいな方は、たくさんいますよね。まさにこれからの超高齢化社会どうするの?という社会問題。介護によって冷えた家庭というか、セリフが必要最低限なのも非常に現実的でした。

中村中村
卜部卜部

卜部 実際はそうですよね。主役(根岸季衣)の仕事は施設の介護職で、自宅でも父親の介護って設定です。仕事の介護はうまくやれていて仲間からの信頼も高いけど、家に帰って家族介護になると疲れもあって、崩れていくという。僕が普段仕事で入る訪問介護は時間も短いですし、極めて限定的な場面でしかありません。家族ってやっぱり24時間最後までかかわるし、大変さも圧倒的に違うってことも描きたかった部分ではありますね。

中村 介護によって崩壊しながら、親子関係は少しずつ縮まっていきます。それは自分を優先してネグレクトでいいのか、親という家族への情とか責任感で自己崩壊するのか。これは、正解のない世界ですね。

中村中村
卜部卜部

卜部 介護疲れで食べられなくなったり、精神的に病んでいくところも描かれてはいますけど、最終的には親子2人が歩み寄るイメージがありました。互いに心を見つめ、歩み寄るところからいい関係性が生まれます。大きくとらえれば、その積み重ねが、世の中をよりよいものに変えていくと思うのです。観客の方々に大きく委ねている部分が大きいので、介護を通じた家族や親子関係を一緒に考えていければ嬉しいなという意図ですね。

中村 現実を提供して考えるキッカケを提供するのは、ノンフィクションも同じです。答えを出すのは政治家とか学者の仕事だし、綺麗ごとに走りがちな介護というテーマで答えを出さないのは共感しました。

中村中村
卜部卜部

卜部 排泄、食事、睡眠が延々と続く中、必要最小限のセリフで小さな変化を淡々と描き続けました。

中村 介護職経験者でないと描けない世界観ですね。虐待のシーンあたりは超頷きましたよ。虐待記事とかを書くマスコミ関係者に観てほしい、と思いました。

中村中村

介護とは関係ない一般人が能力の高い介護職を眺めると、圧倒される部分はある(中村)

卜部卜部

卜部 僕が介護と出会ったのは4年前ですね。実は、祖母が認知症で特養に入居しているんです。当時、特養に面会に行ったとき、祖母がトイレに行きたいってなった。歩行ができない状態でトイレまで自分が連れて行ったけれど、どうすればいいのかわからなくて。そこに女性の介護職の方が来てくれて、僕の目の前で排せつ介助をしてくれたんです。職人肌なその光景をみて感動しちゃって。

中村 あー、わかります。介護とは関係ない一般人が能力の高い介護職を眺めると、圧倒される部分はありますよね。キモチが揺さぶられるというか。

中村中村
卜部卜部

卜部 それまでの自分自身の介護に対するイメージは世間と同じで、できれば避けたいとか、目を背けたいという意識でした。自分も親が高齢で一人っ子なのに介護というのは見たくない部分だったんです。そこで祖母が介護職の方に助けてもらっている姿を眺めて、すごいことをしている人たちがいるんだなってことを初めて知ったわけです。

中村 その介護職という職業を知ったそのとき、卜部さんはなにをされていたのでしょう。

中村中村
卜部卜部

卜部 映画は自主製作なので、まだ食えていないです。新卒で入社した報道関係の制作会社を映画を撮りたいから辞めて、フリーになって、2010年に「SCOPE」という初の劇場公開作品を作りました。特養に行ったときは、ちょうど次の長編映画のテーマを探しているときでしたね。それで、自分も介護をやってみようかなって思いになりました。

中村 生活のためにバイトをしなければならないし、介護というたまたま出会った興味ある世界でネタも拾えればってことですね。20代だったら、映画と介護という一石二鳥を狙う職業選択はありだよなぁ。

中村中村
卜部卜部

卜部 最初は今と違う会社のグループホームですね。すぐに無資格でも働ける場所ってことで、求人を見たらたくさんあったので。飛び込みで介護職になった感じです。夜勤でカラダを壊したり、厳しい部分もあったけど、介護職という仕事にはやりがいを感じていましたね。

死に向かっていく方から前向きな言葉を聞いて、びっくりして、その言葉を映画にしたいと思った(卜部)

中村 介護職にしか作れない映画を劇場公開するのは、本当に介護業界の希望です。僕もクリエイター的な立場から介護にかかわって、どうしても自分の能力を活かして働くことができませんでした。現役介護福祉士で映画を劇場公開させた卜部さんの、介護職としての経緯に興味があります。

中村中村
卜部卜部

卜部 介護にやりがいを感じながら、映画を撮るために取材を兼ねてみたいな気持ちでいたんです。ネタ探しという動機で始めてやっていくうちに、ある1人の入居者さんと出会いました。末期ガンの方だったのですけど、その方を看取る機会がありまして。

中村 介護施設を利用する要介護という状態は、人生の終末期です。半年後、1年後があるかわからないし、本当に普通に人が亡くなっていきます。看取るとなると余命一カ月とか宣告されている状態ですね。介護では日常ですが、一般社会にはなかなかある場面ではないです。

中村中村
卜部卜部

卜部 女性の利用者さんで、ほとんど寝たきりで言葉を発するのも難しかったんです。あるとき、僕が「○○さんにとって人生とはどういうものですか?」って訊ねたら、はっきりした声で「人生は少しずつよくなるもの」っておっしゃったんですよ。死に向かっていく方から前向きな言葉を聞いて、びっくりして、その言葉を映画にしたいと思ったんです。

中村 「人生は少しずつよくなるものとは、納得して死を受け入れる」ってことですかね。自分自身を考えると20代の頃より、今のほうが死に対して恐怖心みたいなのはないし、もっと年齢を重ねて終末期になると前向きに受け入れられるのかな。難しいですね。わからない。

中村中村
卜部卜部

卜部 本当に亡くなる直前だったので。その数日後に息を引き取られました。それまでは死に対するイメージが恐怖というか、ネガティブなものだったのが、その方の言葉で死に対するイメージが和いだんです。前向きな言葉が意外だったというか。希望的なその言葉を映画で形にできないかなと思って、それを物語にしたのが「まなざし」です。

命にかかわることなのでマニュアルや慎重な部分は必要だけど、多様性を受け入れる土壌がないと才能は潰れてしまう(中村)

中村 介護に流れてくるクリエイターみたいな人ってたくさんいるじゃないですか。僕も含めてクリエイターの敗残者みたいな。たまにその中に、圧倒的に才能がある人がいて、その能力を介護業界で活かせないのか?って、けっこう長期間考えたことがありました。結局、日々の現実に潰されて断念したけど。

中村中村
卜部卜部

卜部 映像系でも監督とか役者さんとか、すごく多いですよね。あと舞台やっている人とか。

中村 多くは介護業界が才能を吸収しきれず、潰れてしまっていると思います。マジで勿体ないですよ。介護はお堅い行政がかかわる公的な仕事というのが大きな理由の一つで、それと仕事にオンオフがなくて忙しすぎること。介護以外のことを着手どころか、考える余裕もないことが理由でしょう。

中村中村
卜部卜部

卜部 僕は介護とクリエイターの親和性は高いと思っていますけれど、ルーティンワークなのは事実だし、なかなかうまくいかない部分もありますよね。自分のまわりにいる同僚だったり、介護や仕事に対して志が高い人ほど、徐々に疲弊してすり減っていく現実はあります。

中村 介護に対して理想があったり、ビジョンを持っている人ほど、追いつめられて離職しがち。卜部さんみたいな成功者もいるので考え方一つだけど、やっぱり個人の裁量が少ないですね。マニュアル第一みたいな。命にかかわることなので慎重な部分は必要だけど、多様性を受け入れる土壌がないと普通に才能は潰れてしまいます。

中村中村
卜部卜部

卜部 特に施設はチームプレイなので、正しいことが歓迎されないってことがあります。僕もグループホームにいたとき、よかれと思ってやったことが否定された経験があって。10分ごとに「おしっこ、おしっこ」って言う認知症のおばあちゃんがいて、精神的に寂しい気持ちから言っているってことがわかったんですね。人員は限られているから、ずっとトイレに連れていくこともできないって状態で。

中村 職員は業務の一つである排泄絡みの言葉を言うと反応するから、トイレに行きたくないのに「おしっこ」となってしまう。介護施設の日常風景ですね。

中村中村
卜部卜部

卜部 そのおばあちゃんと話して、競馬が好きってことを聞き出したんですね。自腹で競馬のDVDを買って、おばあちゃんに見せたら釘づけになっていました。僕はよかったって思ったけど、次の日にそのDVDが排除されちゃった。ワンマンプレイはダメってことになって。

中村 嫌な話ですね。人員が少ない介護現場は決まったことをなにも考えないでやるのが無難になりがちで、目に浮かびます。チームプレイになると才能ない人に合わせるケースが多くて、やっぱり個人の能力を潰しちゃう。クリエイターと介護は、親和性高いのはよくわかるけれど、クリエイターが能力を発揮できる現場があまりないのでは。

中村中村
卜部卜部

卜部 小さなことが積み重なって、徐々にすり減っていくというか。そういう人はたくさんいますよね。今の施設の介護現場は、本当に末端の職員さんの善意で成り立っているというのはあります。賃金も安くて、食べていくのも大変ですし。その現実は自分でも感じているので、なにか少しでも前向きというか。「まなざし」という作品で前向きになれるかわからないけど、介護業界が少しでもいい方向に向かえば、という思いはあります。

中村 「まなざし」の劇場公開は、8月27日より渋谷アップリンクほか全国で順次公開されます。介護職がいつも見ている風景を作品に昇華させている作品です。みんな「なるほど、これが表現か」と思うような気がします。後編も引き続き、よろしくお願いします。

中村中村
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