今回は株式会社シダーの子会社・株式会社パインが運営する介護付き有料老人ホーム「靎見の鄕」(つるみのさと/神奈川県横浜市)の介護士・桑原努さんに話を伺いました。前職は飲食チェーンの居酒屋店長。42歳で転職した桑原さんは「働き詰めで悩んでいた前職とは逆で、今はプライベートの時間ができた分、やりたいことが次々に増えて困っています」と笑顔で語ります。

大学卒業と就職氷河期が重なり、就職活動と並行してフリーター生活を経験する。その後、当初希望していた職種を断念して飲食チェーンへ就職。その後、主に居酒屋の店長業務を10年間担う。2020年、「靎見の鄕」へ入社。
2000年3月 | 大学を卒業 |
2004年~2020年 | 飲食チェーンで勤務 |
2020年5月~ | 株式会社パインに入社 |
桑原努さんのLIFE STORY
長時間労働とプレッシャーに苦しんだ店長時代
以前はどのようなお仕事をされていたのですか?
飲食チェーンの会社に16年間勤務してました。ファミレスやカフェなども展開している会社で、僕は主力の居酒屋で店長として働いていました。
仕事の内容は、仕入れからアルバイトのシフト管理に至るまで店舗管理全般です。当然、売り上げのノルマも課せられていました。店で働いているスタッフはアルバイトも含めれば常時15名ほどで、隅々まで目を行き届かせるのは骨の折れる仕事でした。

なぜ飲食店の仕事を選んで就業されたのですか?
大学卒業後、警視庁や警察官の採用試験を受けたのですがうまくいかず、気がつくとフリーターのような状態になっていました。その間、社会へ出て正社員として働いている友人たちの話を聞く度、自分だけが置いていかれてしまっているという劣等感を覚えました。「とにかく、正社員にならなければ」と焦っていましたね。
ところが、いざ就職先を探し始めるとわからないことだらけ。そのときに自分は警察官以外の仕事について何も知らないことに気づいたのです。そこでなるべく業種を定めず就職活動を行い、26歳で採用されたのが飲食チェーンだったのです。
転職を考えるようになった理由を教えて下さい。
飲食チェーンで勤務していた当時はとにかく拘束時間が長くて、自分の時間はおろか睡眠時間さえまともに取れないことに悩んでいました。当時は9時までに出勤して1日の仕事を目まぐるしく終えると、帰宅は終電ギリギリの生活です。ダッシュで家へ帰って2時頃に寝て、7時までには起きてまた店に出るという繰り返しに、ついに耐えられなくなったのです。
そもそも飲食店は休みも少なく、アルバイトさんが急に休めば自分がその穴埋めをしなければなりません。店長というポジションは会社から売り上げのノルマなど経営面でのプレッシャーもかけられていましたから、気持ちの休まる暇もなかったんです。
このまま40歳を過ぎたとき、この先、50歳や60歳までこの状態が続いたらどうなるんだろうと不安にかられました。そして、見切りをつけるしかないと思ったんですよ。
Before | After | |
---|---|---|
雇用形態 | 正社員 | 正社員 |
業種 | 飲食業 | 介護付き有料老人ホーム |
職種 | 店長 | 介護士 |
勤務時間 | 9:00~23:00のシフト制 | 6:30~15:00、8:30~17:00、11:00~19:30、13:00~21:30、21:00~9:00のシフト制 |
休日 | 月休4~6日のシフト制 | 月休6~8日のシフト制 |
仕事内容 | 店舗管理 | 身体介助・生活支援 |
転職を決心するまでかなり検討されたんですね。
転職したいという気持ちはずっとあったんですが、長く仕事をしている間に「お前には飲食業しかないんだ」というような刷り込みをされていて、自分でも潰しがきかないと思い込んでいたんです。
転職活動も働きながらだったので何度か中断があり、トータルすると1年以上かかりました。職場での人間関係はうまくいっていましたから、自分が辞めたらみんなに迷惑がかかるんじゃないかという申し訳なさもあって、なかなか踏ん切りがつかなかったんです。
介護業界の面接で感じた「人の温もり」が転職の決め手に
転職先に介護業界を選んだのはなぜだったのですか?
社会勉強も兼ねていろんな業種の面接を受けた際、好印象だったのが介護業界でした。
面接で行った介護施設で、利用者さんたちと介護スタッフの様子を垣間見ました。そのちょっとしたやりとりからは、何とも言えない温もりが伝わってきたんです。
正直、僕はそれまで介護士という職業に対してあまり良い印象を持っていませんでした。介護業界の仕事はきついというのは半ば暗黙の了解になっていましたし、一時期、新聞やテレビを騒がせた介護士絡みの事件の記憶もあって、自分でも知らず知らずのうちに偏見を持っていたんです。
でも初めて訪れた介護の現場で、利用者さんとスタッフの心地よいコミュニケーションを目の当たりにして、それらが誤解だったことに気づきました。僕も16年間、飲食店で管理業務のほかにお客さんと接してきましたから、それが上辺だけのコミュニケーションでないことが直感でわかったんですよ。

もちろん、素人なりに介護が綺麗ごとだけでは済まされないシビアな仕事だということも想像していました。そのとき僕は、逆にそういった大変な仕事をしている人たちだからこそ、こんなふうに自然に温かく人と接することができるんじゃないかと思ったんですね。
そうしたら俄然、介護職に興味が湧いてきて、それまで定まらなかった自分の進むべき方向性が見えてきたんです。
ようやく手に入れた自分の時間をとことん活用する
現在の業務内容を教えてください。
利用者さんの食堂への誘導や配膳、排泄介助に加え、身の回りのお世話全般をさせてもらっています。事務作業としてスタッフの勤務シフトの作成なども担当しています。

どのような働き方をされているのですか?
週5日の勤務です。シフト制で日勤のほかに早出や夜勤の日もあります。ただ、前職の癖なのか、早く職場に来ないと落ち着かないんです(苦笑)。現在は朝9時に出勤のところ、大抵8時には出て、夜勤や早出の方のお手伝いをしたり、その日の自分の行動予定を確認したりしています。
職場で気に入っている場所はありますか?
周りは住宅地なので特に景色がいいわけではないですが、夜勤のときなどは4階の食堂の窓から1人でぼんやり外の灯りを眺めるのが好きです。リラックスして、気持ちをリセットする場所になっています。

一方で、休日はどのように過ごされていますか?
飲食業で働いているときは疲れ果ててずっと寝てましたが、今は本当に充実した休日を送れていますね。
家にいるとどうしてもぐうたらしてしまうので、休みの日は朝起きたら図書館へ出かけるとか、できるだけ外へ出るようにしています。夕方まで図書館の静かな環境で宅建や行政書士といった資格の勉強をしたり、マネジメントに関する本を読んだりしています。その後は、家へ戻って近所をジョギングしていますね。できるだけメリハリをつけて過ごすように心掛けています。

あとはたまに山登りもしています。よく出かけるのが伊勢原市の大山です。ネットで調べると初級者向けと紹介されているのですが、標高1,252mあるだけあって、実際、登ってみるとそんなに楽な山じゃないんですよ。
登山中はきついのですが、振り返って景色を見ると「こんなに高いところまで来たんだ」と一気に爽快な気分になります。頑張ったら頑張った分だけ何かが必ず返ってくる。その明快さが登山の魅力かもしれません。
最近の趣味は将棋です。家の近所で開かれたちびっこ将棋教室で、「ちびっこじゃないんですけど、僕にも教えていただけませんか」とお願いしたところ、許可をいただけたのがきっかけでした。日本将棋連盟公認の先生から、直々に教えていただいています。
現在はコロナ禍でその教室も開かれていませんが、「靎見の鄕」の利用者さんに、ときどき相手をしていただいてます。中には、将棋の有段者もいらっしゃるんですよ。でも、強くて全然勝負になりません(笑)。普段はのんびりしている方でも、将棋盤を前にすると目つきや雰囲気があきらかに変わって勝負師の顔になるんですよ。
今後はサポート役として日々の課題解決に貢献したい
仕事のやりがいを感じるのはどんなときですか?
ほかのスタッフの力になれたときに1番のやりがいを感じます。あとは、利用者さんのために何かできたときもそうですね。
前職の仕事が肉体的かつ精神的にあまりにもハードでしたから、それと比べると今は気持ちにゆとりが持てています。その分、少しでもみんなの役に立ってお返しをしたいと思ってるんです。

役立っている前職でのスキルはありますか?
接客をやっていたので、利用者さんとのコミュニケーションにスキルが活かせていますね。店長として常時十数人のスタッフを引っ張っていく立場にいましたから、その際に培った責任感や振る舞いも、自分を律するのに役立っています。
仕事とプライベートの充実のために工夫していることはありますか?
複数の仕事をこなさなければならないときは、一つひとつの仕事を順番に完璧に片付けようとするより、少しでも時間が空いたときにできることから作業をして積み上げていった方がゴールに近づけるということでした。
店長時代に課せられていた膨大な仕事は、ほかの誰かに仕事を割り振ることができればもっと楽にこなせたのかもしれません。しかし当時の僕はそれが苦手で、つい自分で背負いこんで残業を繰り返していました。なので、仕事の早い人を見ると今でもすごいなと感心します。そういう人たちを観察しているうち、そのことに気付いたのです。
僕はプライベートでもやりたいことがたくさんあります。それを全部やろうと思うと、時間がまったく足りません。ですから、そういった効率の良いやり方もどんどん覚えていきたいと思っています。
これから仕事上でどんなことを実現していきたいとお考えですか?
これからはサポート役として力を発揮したいですね。与えられた仕事をただこなすのではなく、プラスして日々の仕事の中で生じる問題をどうすれば解決できるのか、提言できるような立場になっていくのが理想ですね。図書館へ行っても、マネジメントに役立ちそうな本を見つけては手当たり次第に読んでいます。
自分1人でできることには限界がありますし、介護という仕事はチームで協力し合わないとうまくいきません。本当のところ、僕は周囲を巻き込んで何かをやるのは苦手です。今はできるだけ自分の意見をみんなに伝えたり、みんなの考えに耳を傾けたりして、少しでも良い方向へ進めるよう日々模索しています。

これから介護業界への転職を考えている人に一言お願いします。
僕自身、介護の仕事に取り組む方々の温かい笑顔を見て「なんて素敵なんだろう」と感じたのが転職のきっかけです。だから、いつでも「笑顔」を忘れないでほしいですね。ときにはしんどいこともありますが、スタッフや利用者さんから笑顔が返ってくると心に沁みます。もしかすると、介護ほど笑顔の有り難みを感じられる仕事はないのかもしれませんね。

撮影:公家勇人
はこちら株式会社シダー